中国側の内モンゴル自治区にある広大な大自然を背景に、認知症の母親とミュージシャンの息子が旅に出る物語です。それは、母が懐かしい両親や夫の元へ旅立つための旅。子どものような母親が大自然に帰っていく旅でもあります。昨年の東京国際映画祭「アジアの未来」部門では『へその緒』のタイトルで上映され、一番印象に残った作品でした。監督&脚本は内モンゴル自治区の出身で、フランスで映画を学んだ新鋭チャオ・スーシュエ(喬思雪)。本作が長編デビュー作です。伝統的な描写の中に、若い監督ならではの感性が活かされ、ファンタジーな演出も効いています。無邪気な母親役を演じたのは、音楽一家に生まれ北京で声楽も学んだバドマ。ニキータ・ミハルコフ監督の『ウルガ』など、多くの映画で主演を務め主演女優賞も獲得しているベテラン女優です。ミュージシャンの息子を演じるのは、音楽も担当しているイデル。映画と同じく電子楽器と馬頭琴を演奏するシンガーソングライターで、国内外の音楽祭でも活躍中。本作が映画初主演です。実生活でも音楽に囲まれている2人が、大自然を背景に言葉よりも音で繋がっていくのは自然なんですね。その他のキャストは内モンゴルで見つけたそう。脚本は中国語で書かれており、それをモンゴル語に翻訳して自然な口語に近づけていったとか。話題のドラマ「VIVANT」に出てくる架空のバルカ共和国と関係があるかどうかは不明ですが、2人が話すモンゴル語はバルガの方言だそうです。監督は映画祭のティーチインで「母と内モンゴルに捧げた作品」と語っていました。介護問題にも触れつつ、現代の都会で暮らす青年が、故郷の大自然や音、伝統的な暮らし、文化や芸能を体験しながら、母親を送り届ける物語。母と子の絆がグッと心に刺さりますが、癒される作品でもあります。ぜひ、大きなスクリーンでご覧ください。