かつて出稼ぎのためにロシアへ渡ったまま行方不明になっていた父親を息子が見つけ出し、23年ぶりに故郷の村へ連れ帰るのですが、故郷は変わり果て彼も記憶を失くしてしまっていました。そんな彼を通して、家族や村の人々が自分自身を振り返るヒューマンドラマです。キルギス映画界を代表するアクタン・アリム・クバト監督が、キルギスへの思いを綴った3部作(2010年『明かりを灯す人』2017年『馬を放つ』)の最終章。主演は監督自身が演じ、息子役も息子で監督でもあるミルラン・アブディカリコフが演じています。妻役を演じるのも監督作の常連女優タアライカン・アバゾヴァです。
監督によれば、記憶を失くした父親には、今のキルギスという国が象徴されているとのこと。中央アジアの真ん中にあり、中国、ロシア、中東、南アジアをつなぐ要所でもあるキルギスは周辺国の影響を受け、宗教(イスラム化)や経済発展による格差とゴミ問題、政治不信、倫理観や道徳観の変化など、様々な問題を抱えているとか。唯一変わらないのが家族愛の強さ。愛と思いやりが希望であり救いとなっています。ゆえに、ゴミを拾い続ける父親は思い出の木立で妻の歌声を聴き、何かを感じるのでしょう。冒頭に登場する白く塗られた木々の林が、絵本のように素敵で印象的だったのですが、ここがこの物語の一番大切な場所。妻が歌うのは映画の原題になっている「エシムデ」。もともとは山間部の遊牧民だったキルギスの人々にとって大切な歌だそうです。そして、樹木を白く塗ることで人生を新たにやり直す。キルギスならではのラストには、そんな希望が込められています。