

ジン・ジアファ(靳家驊)
©Taipei Golden Horse Film Festival Executive Committee
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「問題がある」のは子どもなのか、
それとも大人なのか?
社会に溶け込むのが
苦手な子どもを撮影したかった
ー ジン・ジアファ(靳家驊)
ADHDの少女が主人公の台湾映画『トラブル・ガール』(原題『小曉』)。学校や教師、両親といった彼女を取り巻く環境や人々との関係を描き、激しく揺れ動く少女の心を丁寧に掬い取っています。主人公を演じたオードリー・リン(林品彤)は、『アメリカから来た少女』でデビュー。2作目となる本作での演技で、23年の台湾金馬奨と24年の台北映画賞で主演女優賞を受賞。12歳という歴代最年少で金馬奨主演女優賞に輝いたことでも話題となりました。
監督は本作が初の長編映画となるジン・ジアファ(靳家驊)。今回は配給会社のご厚意により、監督へメールインタビューをさせていただきました。質問は5問。メールでのQ&A方式だったので、掘り下げた話はできませんでしたが、お返事をいただいた後に配給会社からの公式インタビューも届きましたので、内容を補完させていただきました。
(*公式からの質問はオレンジ、アジクロからの質問は赤で表示します。)
Q:映画監督を目指されたきっかけはどのようなものでしたか?
監督「最初にそのような考えを持ったのは、高校の演劇部で寺山修司監督の『田園に死す』を観たときでした。内容を完全には理解できなかったものの、自由や反抗的といったものが持つ美しさに触れたことで、その後の人生にも何かしらの影響がありました。それはもうずいぶん前の話ではありますが、素晴らしい作品は時空を超えて人々の心に残るものです。そしてこれが、長年広告ディレクターとして活動する中でも脚本を書くことを諦めなかった理由でもあります。何かを残せたらいいな、と思い続けていました。今では機材の進化により、映画制作の可能性や利便性が広がりましたが、心に残る良い作品はそういったことに左右されません。それらは美しいほどのシンプルさを持ち、そこから生み出される崇高さこそが、遠い存在でありながらも、憧れを抱かせるのです」
Q:長編デビュー作のテーマに「ADHD」を選んだ理由をお聞かせください。
監督「ADHDの原因は非常に複雑で、科学者の多くは、ADHDは病気ではないと考えています。そのため、ADHDの治療において薬を使うべきかどうかという議論が続いています。私は、子どもは誰でもADHDになる可能性があり、問題の根本は私たち大人が子どもに何を期待しているのかというところにあるのではないかと考えます。もし、私たちの言う通りに授業中ずっと座っていることができない子どもたちが「ADHD」とされるのであれば、今の都市部でそのような子どもの割合が今とても高くなっていることについて考える必要があると思います。




授業中も落ち着きのないシャオシャオにポール先生だけが優しい
本当にその子どもたちは、ADHDなのでしょうか?それとも、私たち大人の要求自体が最初から間違っているのでしょうか?つまり「問題がある」のは子どもなのか、それとも大人なのか。これが、社会に溶け込むのが苦手な子どもを撮影したいと考え、ADHDを選んだ理由です」
Q:製作にあたり、なにか参考にした、影響を受けた作品はありますか?
監督「これは、私が初めて完成させた長編脚本です。執筆したのは、ちょうど子どもが小学校に上がった頃で、子どもが集団にどう溶け込んでいくかという過程が、当時の私にとって身近な体験であったと同時に、社会を理解するための拡大鏡のように感じられました。ADHDの特徴の1つとして、医学界でそれが「病気」と呼べるのか議論が続いているという点があります。これはまるで『裸の王様』のように、周囲の人々が真実を無視するような様子を浮き彫りにしています。 脚本を練り上げる過程で、ダルデンヌ兄弟の映画や相米慎二の見事な長回しからも多くのインスピレーションを得ました」
Q:キャスティングが役柄にぴたりと合っていますが、主演3人のキャスティングの経緯を教えてください。
監督「オードリー・リンとは、金馬映画祭で出会いました。当時、既に200人以上の子どもたちを見ていましたが、彼女を見た瞬間「この子だ」と直感しました。その後、話をするために彼女を呼んだのですが、当時はコロナ渦だったため、彼女はずっとマスクを着けていました。そこで私たちはシュークリームを一つ渡しました。すると彼女はゆっくりとマスクを外し、シュークリームを食べ終えると、すぐにまたマスクを付けました。その仕草はとてもシンプルでしたが、とても落ち着いていて、自信に満ちているように感じました。私はすぐに彼女に出演を依頼することに決めました。
アイヴィー・チェン(陳意涵)については、2人目のお子さんを出産されたばかりということで、これまでの演技と比べると、彼女の人生が大きく変化している最中だと感じたからです。お会いしてみると、とても誠実で飾らない一面も見せてくれました。「地下鉄に乗ってきました。この後ランニングに行く予定です」と話していて、そのエネルギッシュさが非常に印象的でした。反対にオードリー・リンは穏やかな性格の子どもなので、もし母親の方がエネルギッシュなタイプであれば、観客に「本当に問題を抱えているのは子どもではなく、むしろ大人なのではないか」ということを想像させやすくなるのではないかと考えました。


孤独と娘との衝突で情緒不安定な役柄を好演
テレンス・ラウ(劉俊謙)については、香港映画『夢の向こうに』で初めて彼の演技を観ました。彼の華やかでハンサムな外見の裏に隠れたダークな一面が印象的でした。実際に話してみると、彼は昔から個々の違いを理解し共感する力を育んできており、まさにポール先生を演じるのにぴったりの人選だと感じました」
Q:シャオシャオを演じたオードリー・リンの演技が素晴らしかったのですが、難しい役柄を演じるにあたり、どのような指導をしたのですか?
監督「オードリー・リンは控えめで口数は少ないですが、非常に感受性の高い子どもです。常にたくさんのセンサーを持っており、周囲のことを静かに感じ取っています。彼女はADHDについて学ぶために本を借りたり、関連する映画を観たりしました。また、私たちがADHDの子どもたちと直接触れ合う機会を作ったのですが、その後には自分の観察をレポートにまとめていました。そして自分の生活の中で、ADHDの子どもに近づく方法を模索し始めました。
例えば、私が渡したADHDの子どもの部屋の写真には物が山のように積み上がり、散らかった様子が写っていたのですが、それを見た彼女は1週間かけて自分の生活を変え、その写真のように自分の部屋を作り上げ、それを写真に撮り、私と話し合いました。彼女はそれまでは非常に規律正しく、整然とした性格でした。さらに彼女は、階段を上る際に「ADHDの子どもだったらどう上るだろう」と考えたり、歯を磨く際にも「ADHDの子どもならどう磨くだろう」などと、台本には書かれていないことまで想像しました。簡単に言えば、彼女は現実の生活そのものを、その役柄に置き換えて生活していたのです」
映画出演2作品目にして金馬奨の主演女優賞を史上最年少受賞したオードリー・リン。「彼女は準備も撮影も、いつも非常に集中して取り組んでいました。彼女の努力と才能が、今回の栄誉を勝ち取ることにつながったのです」と監督も絶賛しています。




シャオシャオと仲良くなった少女がいたが、現実は残酷で…
Q:母親にも感情が不安定で爆発寸前のようなところがあり、ADHDの傾向があると感じます。そのことも意図されたのでしょうか?
監督「はい。私は母娘の二人をお互いの鏡として設定しました。ADHDの子どもを演じたオードリー・リンは実際には非常に穏やかな性格です。一方、母親役を演じたアイヴィー・チェンは、非常にエネルギッシュな俳優です。彼女たちの気質を交換しても物語は成立しますが、現在の組み合わせの方が、より観客は客観的な視点を持ち、「問題を抱えているのは子どもなのか、それとも他の誰かなのではないか」ということを想像させやすくなるのではないかと考えました」
Q:ポール先生はシャオシャオも母親も大切にしている好青年で、彼が父親であればすべてうまくいくようにも思えるのですが、ほんとうの父親の登場でそれも難しくなります。彼の存在に込めたものとは?
監督「テレンス・ラウが演じた教師は第三者でありながら、母娘の問題を解決することが出来ず、むしろ自分自身の方がより多くの問題に悩まされているかもしれません。最初のプールのシーンで、教師は少女に泳ぎ方を教える際に嘘をつきますが、少女は結果的にそのおかげで泳ぎ方を習得します。これは教師の仕事の本質を描写したものであり、私は教育を受ける過程が、ある意味で嘘に順応する状態であると考えています。そして、テレンス・ラウの華やかな外見が、そのような厳しい過程を私たちに気づかせず、教育を合理化させる役割を果たします。これが、私がポール先生という役を設定した理由です。このキャラクターはかなり複雑です。この物語は、教育システムの中ではみ出し者となった3人が家族を築こうとし、互いに温め合いますが、最終的には失敗に終わってしまうのです」
Q:撮影時に一番印象に残ったシーン、また撮影時のエピソードについてお聞かせください。
監督「シャオシャオが母親に学校から家に連れ戻されて叱られるシーンが好きです。母と娘は会話をしながらそれぞれ手に持った物で音を立てるのですが、その音が会話の中で自然に調和のとれたリズムを作ります。2人は口論しているはずなのに、その音がまるで和解しているかのように響くのです。これは偶然生まれたもので、意図した演出ではありませんでした」
Q:今作では、複雑な親子関係の他、台湾の夫婦関係や教育など様々な問題に切り込まれている印象を受けました。映画を作るにあたって監督が大切にされていることや、今後描きたいことなど、差支え無い範囲でお話頂けますでしょうか。
監督「キャラクターを大切にしています。今は映画にとって危機的な時代であり、音や光の効果で観客を映画館に引き戻すことはできないかもしれませんが、最終的に観客はやはり登場人物に引き寄せられて、物語に戻ってくると思っています。最初に『田園に死す』に魅了された私としては、どんなにメディア環境が変わっても、映画が自由であり続けることを願っています。パンデミック後、女性の状況や困難についての議論がより注目されるようになったので、今後は女性に関する題材の映画をもっと撮ろうと考えています」
今後は女性に関する題材の映画、ということで待機中の次回作のタイトルが気になっているアジコですが、それは楽しみに待つとして、まずはオードリー・リンの熱演が光る本作。アイヴィー・チェンの母親役も珍しく、また奇しくも同時公開となった『トワイライト・ウォリアーズ 決戦!九龍城砦』の信一役でブレイク中のテレンス・ラウのまったく違う魅力を味わうこともできます。ぜひ、劇場でご覧ください。
(2025年1月10日 メールインタビューへの回答&公式インタビューより構成)
画像:©2023 寓言工作室 華文創 華映娛樂 得利影視 影響原創 承達投資
*配信決定!:『トラブル・ガール』の配信は6月1日より、各オンライン配信サイトにてデジタル購入&レンタル配信開始。
▼『トラブル・ガール』作品紹介
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