logo


asicro interview 90

更新日:2025.5.26

p1

ブルース・チウ(邱新達)監督からのコメント動画

ただ彼女たちの経験を
共有するだけでなく、
その現実を照らし出したかった。
 ー ブルース・チウ(邱新達)

 5月23日より公開中の台湾映画娼生しょうふ(原題『鳳姐』)。40年ほど前の台湾にあった茶館で働く性労働者に焦点を当て、行方不明になった姉と弟の再会を描きます。ブルース・チウ(邱新達)監督への公式メール・インタビューが届きましたので、ご紹介します。台湾で描かれることが少ないこの題材を描こうと思った理由、書き下ろし主題歌について、演技面の工夫やその他撮影中の裏話などをお話しいただいています。

Q:今作は実在の人物をモデルに製作されたとのことですが、このような題材を描こうと思ったきっかけ、理由を教えてください。

 監督「フォンの物語は、多くの周縁化された人々を思い起こさせます。人は往々にして自分の世界を当たり前だと感じ、異なる生き方をする人々への想像力や共感を欠いています。理解なしには、本当の意味での共感は生まれません。

 この映画は、台湾において数少ない「性労働者の視点から語られる物語」の一つです。ただ彼女たちの経験を共有するだけでなく、その現実を照らし出したかった。真に理解することを通してのみ、私たちは偏見やレッテル貼りを越えることができます。性労働はひとつの側面に過ぎません。この物語は、性的指向、肌の色、民族、年齢、職業、社会階級、などが自分とは異なる、すべての人に通じる話です。

 多くの人は他者を理解しようとせず、自らの価値観や視点を押しつけて定義しようとします。性労働者は「汚れている」「堕落している」と見なされ、貧しい人は「努力が足りない」と責められます。「苦しいのは自業自得だ」と言う人もいます。殺人犯は救いようがなく、その家族も道徳的に責任を問われる。こうした偏見は至る所にあります。

 私は、周囲の多くの人が「理解しようとしない」という理由で他者を切り捨てているのを見てきました。この想像力の欠如が、憎しみと分断を生むのだと思います。フォンの物語を通して、観客に「見た目や表面的な情報だけで人を判断しないで」と伝えたい。もしあなたがフォンを本当に理解しても、彼女を非難しますか?

 そしてもう一つ、私が心を動かされたのはフォンの「立ち上がる力」でした。過酷な状況にもかかわらず、彼女は再び自らの力で立ち上がります。最終的に彼女は、自分と同じような境遇の人を救い、そして自分自身も救うのです。その姿に、私は深く胸を打たれました。母をはじめ、私たちの周りにいる多くの女性たち、そのたくましさを思い出しました。彼女たちの「強さ」を描くことは、私にとってとても意味のあることだと思ったのです」

Q:製作にあたってどのようなリサーチをしましたか?

 監督「1990年代の台湾の性産業に関する数多くのドキュメンタリーを観ただけでなく、国外の性労働者に関するドキュメンタリーも多く視聴しました。また、現在の台湾の茶芸館(ティーハウス)も訪れました。これらは年月とともに大きく変化しており、特に台北での性産業に対する政府の取り締まり以降、その変化は顕著でした。

 加えて、現役の性労働者へのインタビューも行いましたが、これには困難が伴いました。多くの人が過去の経験を語ることに消極的だったのです。しかし、拒絶されるという経験もまた、リサーチの一部でした。性労働者にとって、過去と向き合うことがどれほど難しいか、そして社会の中にある根深い偏見や差別がどれほど彼女たちを縛っているかを、この過程で実感しました。主演のジーン・カオも、日本式のホステスクラブで働いた経験のある女性たちから直接学び、仕草や人との接し方を研究することで、役柄にリアリティを持たせるよう努めました」

Q:主演のジーン・カオさんの体当たりの演技はとても印象的でした。演技に関して、監督から何かアドバイスしたことはありましたか?

 監督「ジーンとの仕事は、とてもスムーズで自然なものでした。彼女はとても気さくで、役に完全に入り込み、どのシーンでも観る人の心を揺さぶるものをもたらしてくれる俳優です。テレビでの豊富な経験も、彼女がキャラクターと強く結びつく力につながっていたと思います。今回が彼女にとって初めての長編映画での主演でしたが、素晴らしいプロ意識を見せてくれました。テレビと映画では演技のアプローチが異なるため、その点について何度も話し合いました。ジーンはすぐに適応し、演技にさらに繊細なニュアンスを加えていきました。

p1

撮影中の監督と主演のジーン・カオ(右)

 特に印象に残っているのは、ある非常に感情の激しいシーンでのことです。何度テイクを重ねても、彼女は毎回本物の感情で応えてくれ、その姿に、モニター越しに見ていた私も思わず涙してしまいました。その演技はあまりにも力強く、心を打つもので、私も撮影監督もただただ圧倒されました」

Q:劇中や エンディングでジーン・カオさんが歌唱されている書き下ろし主題歌「鳳凰」は、過酷な現実が描かれる中で、温かみを感じさせる要素となっていると思いました。主題歌を書き下ろすことは、企画段階から計画されていたのでしょうか。

 監督「当初は、テレサ・テンの「何日君再来」を使いたかったのですが、著作権の問題で新しい曲を作ることになりました。私たちは「ラン・ジュンジュン」というキャラクターをテレサ・テンへのオマージュとして設定し、「鳳凰」は、いわばこの映画版の「何日君再来」として生まれた楽曲です。

 物語の中でフォンはこの歌に憧れ、歌手になることを夢見ています。劇中でも彼女はこの歌を歌い、自室の天井にはラン・ジュンジュンのポスターを貼っています。それは彼女の夢を常に思い出させる象徴でもあります。歌詞は詩的で、孤独感や「誰かに理解され、愛されたい」という深い願いが込められており、それはまさにフォンが口に出せない感情そのものでもあります。

 またこの曲は、映画の時代設定に合わせて、別の歌手によるレトロなアレンジのバージョンも制作しました。そして物語の最後には、ジーンがフォンとしてこの曲を歌い、ついに自らの夢を叶える瞬間を迎えます。この場面は、観客が彼女の人生を応援し、彼女の夢が実現することを願ってきた気持ちと重なり、物語にさらなる深みを与えてくれると思います。この歌は、そうした「夢」そのものの象徴となったのです」

Q:撮影時の印象的なエピソードを教えてください。

 監督「忘れられない瞬間はたくさんありました。ある重要なシーンのひとつに、ユーミンが売春宿の部屋に突入し、姉のフォンが客と一緒にいるのを見つけるシーンがあります。激怒した彼は、その男を外に引きずり出します。そして、姉が乱れた姿で立っているのを見た瞬間、無意識にジャケットを脱ぎ、彼女の肩にかけます。

 実はこの瞬間は脚本にはありませんでした。リハーサルもしていません。ただ、自然に生まれた瞬間だったのです。 そのシーンを見て、私は驚きました。そして俳優たちが自分の役に完全に没入していたことが分かり、とても感動しました。こうした、言葉が不要になり、感情が支配する瞬間こそが、映画作りの魔法なのだと思います。

 ユーミンがどれほど彼女を守ろうとしても、フォンは彼を受け入れようとしません。ユーミンが部屋を去ろうとする時、再び脚本にない瞬間が訪れました。フォンが彼をドアから押し出し、彼のジャケットを突き返したのです。彼女はジャケットさえも受け取ろうとしませんでした。その無言の行動は、何よりも多くのことを語っていました。それは、フォンが経験した長年の苦しみが、二人の間に決して埋められない壁を作っていたことを示していたのです。

 脚本は物語の骨組みを示しますが、俳優たちが役に完全に没頭し、セットという精密に作られた世界の中で生きることで、初めて本物の感情が生まれます。素晴らしい物語と素晴らしい俳優が組み合わさると、それはまるで有機的な存在のように呼吸し、成長し、進化していくのです。ひとりの俳優が即興で演じ、もうひとりが自然に応じる。そうした瞬間こそが、本当の魔法なのだと思います」

Q:さいごに、日本の観客の皆さんにメッセージをお願いします! 

 監督「日本が大好きです!東京、京都、大坂、仙台、熱海など様々な町を訪れましたが、どこへ行っても素晴らしい経験ができました。自分の映画が日本で上映されることを、本当に光栄に思っています。『娼生』は、心を込めて描いた台湾の物語です。ぜひ楽しんでいただけたら嬉しいです。ありがとうございます!」

 最後に、主演のジーン・カオと弟役を演じたホアン・グァンジーからのコメントもご紹介しておきます。

ジーンカオ 皆さんこんにちは!ジーン・カオです。映画『娼生』でフォンという役を演じました。『娼生』が日本で公開されることになりとても嬉しいです!この映画は、温かさと感情にあふれた作品です。皆さんの心に響くことを願っています。ぜひ劇場に足を運んで応援して下さい!(コメント動画

ホアン・グァンジー 皆さんこんにちは!ホアン・グァンジーです。私は映画『娼生』でフォンの弟のユーミンを演じています。このキャラクターは幼いころに姉が夢を追い求めて家を出て行ったことから始まります。彼は姉がとても恋しく長年行方不明の姉を探し続けています。だからこそ彼は警官になりました。ですが予想外にも彼は茶室で姉と再会することになります。 この映画は、愛と優しさ、そして思いやりに満ちた作品です。(コメント動画

(2025年5月19日 ライツキューブ公式メールインタビューより)
画像:©2023 Cao Cao Entertainment Ltd., Speeding Rocket Co., Ltd., Mazoo Digital Imaging Ltd. TAICCA. 


▼『娼生しょうふ』作品紹介 

▼back numbers
profile
ブルース・チウ
邱新達/Bruce Chiu


監督、脚本家。ロサンゼルスを拠点として活躍し、これまでの作品はレインダンス映画祭ほか、国内外の映画祭で評価されている。『娼生』は初の長編作品。
filmography
movie
・String of Fate *短編
・日没日出(18)*短編
・Flat Echo(18)*短編
・Imperfectly Complete(21)
 *短編
・Indulgence(23)*短編
娼生(23)