story
大都会ムンバイには、さまざまな人々が集まってくる。そして、時間はあっという間に過ぎ去っていく。
ムンバイの病院で看護師として働くプラバ(カニ・クスルティ)は、電車で通勤している。見合い結婚した夫はドイツに出稼ぎに出たまま、もう1年も音沙汰がない。突然、届いたドイツ製の炊飯器。だが、送り主は誰かわからない。真面目なプラバは夫を思い続けているが、時おり不安や虚しい気分に襲われる。
ヒンドゥー語が苦手なドクターのマノージ(アジーズ・ネドゥマンガード)は、仕事帰りにプラバを待ち、駅まで一緒に帰る。いつも言葉を教えてくれるプラバを気遣い、後で読んでと彼女に小さなノートを贈った。夜中にスマホのライトで照らすと、やさしい愛の詩が書かれていた。
プラバには、看護師仲間でルームメイトのアヌ(デヴィヤ・プラバ)がいる。若い彼女は自由を謳歌し、恋愛も楽しむ現代っ子。イスラム教徒の恋人シアーズ(リドゥ・ハールーン)と仕事中もメッセージを交換し、仕事が終わるとデートを重ねている。それは、病院でも噂になっていた。
病院の食堂で働くパルヴァティ(チャヤ・カダム)は、立ち退き問題で悩んでいた。夫が死んだ後も長年住んでいた場所に、高層ビルが建つのだ。プラバが弁護士を紹介するが、居住証明書がなければ裁判もできないという。子どもの世話になるのも嫌だ。彼女は、故郷の村に帰ることにする。
お菓子を作ってプラバを待っていたマノージは、雇用契約の更新をしないつもりだと告げる。夜のブランコで話すふたり。ここに留まる意味がなければ…と。
パルヴァティが村に帰る日、プラバとアヌも一緒に村まで送っていくことに。明るい日差しに包まれた森、神秘的な洞窟。海辺にあるその村は、ムンバイとは別世界だった。
アジコのおすすめポイント:
ムンバイで看護師として働く2人の女性。境遇や考え方で距離があったふたりが、さまざまな体験を経て少しずつ互いを受け入れていく女性映画です。監督はドキュメンタリー映画が世界の映画祭で注目され、初の長編劇映画となる本作でカンヌ映画祭のグランプリを受賞したパヤル・カパーリヤー。これはインド映画界初の快挙。エンタメ系のインド映画とは異なるアートフィルムですが、ムンバイの状況をリアルにとらえつつも、どこの国でも通用しそうなドラマとなっています。都会のムンバイは夜のシーンが多く、いつも雨が降っています。対照的に、海辺の村は明るい日差しと光に溢れていますが、ラストは夜の浜辺。マジカルな光が幻想的で深い余韻を残します。音楽は環境音やノイズまで使用したアンビエントサウンド。弾む心をピアノで表したりと自由な作りで軽やかです。演じるのは、カニ・クスルティ(24年の東京フィルメックス・コンペティション部門で上映された『女の子は女の子』に母親役で出演)とディヴィヤ・プラバ。どちらも微妙な心の動きを繊細に演じています。海辺の村に帰る女性を演じるのは『花嫁はどこへ?』で主人公に自分で稼ぐ喜びを教える売店の女主人を演じたチャヤ・カダム。本作でも2人を新たな世界へ導くキーパーソンになっています。
*本作の公開を記念して、パヤル・カパーリヤー監督の2021年の初長編ドキュメンタリー『何も知らない夜』が8月8日より公開予定です。この世界に魅了された方はお楽しみに。
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