小さな通りに隠されている
たくさんの物語に触れてみよう
−上海・多倫路文化名人街
2007年1月11日
突然ですが、こんな歌詞をご存知ですか? 「夢の四馬路か ホンキュの街か ああ 波の音にも 血が騒ぐ」これはディック・ミネという歌手が歌った「夜霧のブルース」(作詞:島田磬也)の一節です。この中に出てくる「ホンキュ」、これが今月ご紹介する上海の虹口(ホンコウ)という場所なのです。
虹口は、上海市内を東西に流れる蘇州河の北東側に位置するエリアで、その昔、たくさんの日本人が住んでいので、通称「日本人租界」とも呼ばれています。近年、再開発のために建物の取り壊しがさかんに行われてはいるものの、街のあちこちを歩いていると、まだ日本式建築物が残っていたり、私たちにゆかりのある施設があったりします。
そんな中、1998年に誕生した「多倫路(トゥオルンルー)文化名人街」は、新しい観光スポット。この街の人々が、これまでもこれからも変わりなく過ごしていく、生きている街の1つです。
魯迅公園(ルーシュン・グォンユエン)から南へくだっていくと、550メートル足らずの少しくねくねした短い通り「多倫路」に出ます。この辺りには、日本に留学していたことでも有名な作家・魯迅(ルーシュン)の他、中国の有名な作家たちや内山完造*、金子光晴などの日本人も暮らしていたことがあったそうです。
通りには、往年の美しい建築物がたち並び、私たちをノスタルジックな世界へ導いてくれます。また、たくさんの骨董品や芸術品を扱う商店が並んでいるので、それらに興味のある人の目も飽きさせません。私が見学した日には開放されていませんでしたが、箸や時計などのコレクションが見られる民間博物館がいくつかあったり、魯迅をはじめとする左翼作家たちの激動の人生を垣間みることのできる「左聯紀念館(入館料:5元)」などもあります。
ベンチではお年寄りが談笑していたり、編み物をして過ごしたりする姿も。暖かい日には、あなたもここでまったり過ごしてみるのはいかが? さらに興味が増したなら、魯迅公園近くの「内山書店旧址」や、四川北路を中心に広がるたくさんの「日本人にゆかりのある場所」を探してみてください。あちこちに「昔」を見つけることができますよ。
*内山完造(1885-1959)
大学目薬の海外出張員として渡航した上海で魯迅の庇護者となった人物。
詳しくは内山書店サイトで。
●多倫路文化名人街
上海市虹口区多倫路 軌道3号線「東宝興路」駅下車
http://www.grassy.org/duolunlu/home.htm
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