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asicro interview 39

更新日:2011.3.28

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やさしい口調が印象的なウィーラセタクン監督
過去の映像体験を紡いだ
『ブンミおじさんの森』
 −アピチャッポン・
  ウィーラセタクン(監督)

 3月5日より渋谷シネマライズ他で公開中の『ブンミおじさんの森』。もうご覧になったでしょうか? 昨年のカンヌ映画祭でグランプリにあたるパルムドールを受賞し、本国タイでも大ヒットを記録。そして本年3月20日に発表されたアジア映画大賞でも、最優秀作品賞に選ばれました。

 プライベートなアート作品として制作された本作がここまで広く受け入れられた理由は、おそらく映像そのものが持つプリミティブなやさしさ、懐かしさ、異界をも包み込むアジア的なおおらかさ、そして家族や生と死という普遍的なテーマが、観る人の心の琴線に触れ、様々な思いを呼び起こすからでしょう。

 気鋭のアーティストとしても活躍するアピチャッポン・ウィーラセタクン監督に、昨年国際審査員として参加していた東京フィルメックスの終了後、インタビューをすることができました。難解な作品とかまえることなく、映像そのものを自由に楽しんで欲しいと語る監督。カンヌ映画祭での受賞、『ブンミおじさんの森』の秘密と楽しみ方、アーティストとしての活動と映画作りなど、様々な話を聞くことができました。(インタビューは英語)

●カンヌ映画祭と『ブンミおじさんの森』

Q:カンヌ映画祭でパルムドールを受賞した感想を教えてください。

 監督「コンペに選ばれただけでもたいしたものだと思っていたので、まさか賞をもらうとは思ってもいませんでした。とてもパーソナルな作品なので、まさか自分がと思っていたし、プロデューサーの誰もがそう思っていたようです。とてもシュールな体験でした。

 この作品は今までに作って来た作品の集大成でもあるので、これまでの自分の仕事が評価されたような気がしています。私はこれまでに同じような手法で、家族について、恋人たちについて、知り合いや親しい人々についての映画を作ってきました。その集大成として、今回は映画についての思いをパーソナルな視点で作りました。それらすべてが評価された、1つのサイクルが終着点にたどりついたということで、すごくうれしいです」

Q:審査員長のティム・バートンが受賞理由の中で「世界はより小さく、よりハリウッド的になっている」と言っていますが、その言葉をどのように受けとめていますか?

 監督「なるほど、だから貰ったのか、と腑に落ちるところがありました。たしかに今、世の中にはパーソナルな視点というのが欠落しています。特に映画言語に関しては、とても論理的で単一的なものしか観られなくなっている。たとえばタイですが、お化けが出て来たりお坊さんが走り回ったりするドメスティックな映画でも、音楽の使い方や編集、構図を見ると、世界中で作られている映画と変らない作品が増えている。それは、とても退屈。そういう覇権というか、同じような映画が作られている単一性に対して、カウンターバランスとしてマージナルなものが今求められているのかもしれません」

Q:日本では作家性の強い作品はヒットしにくいのですが、タイではいかがですか? また、パルムドールを受賞したことで、映画が作りやすくなったとか、資金集めがしやすくなったなど、影響はありますか?

 監督「タイでも批評的に優れたものは興行的にはよくないと思っていましたが、この作品は驚いたことにけっこう成功したのです。プリントはドイツに注文しなければならないので、何本にしようか、多分無理だろうなあ…と1本だけ注文したら、なんと大ヒットして6週間も上映されました。タイでは珍しいことです。1回の人数がすべての記録を破るような座席率で、たくさんの方が観てくれて、とてもうれしかった。ウェブサイトでの議論も白熱しました。いろんな意味を見い出す人がいるかと思えば、あんなのはゴミだと言う意見もあり、とても健全な討論が繰り広げられました。

 この映画が成功したことで、映画館チェーンが1スクリーンを若い映画監督の作品を上映する専門の映画館にしてオープンしました。タイには(東京の)シアターイメージフォーラムやシネマライズのような映画館がなかったので、これはとても画期的なこと。タイの配給業界の中で新しい動きがあったことはとてもうれしいです。

 この映画の脚本をプロデューサーに見せた時、『これは、今までの君の映画の中で一番一般性が高いぞ』と言われました。え?まさか…自分の記憶を書いただけの映画がそんなはずはない…と思ったのですが、実際にフタを開けてみるとほんとうに成功したんですね。配給権もカンヌで受賞する前から売れていて、最終的には40ヶ国以上に配給されました。自分の経験したことが、これほど一般的に受け入れられるなんてこれまでなかったので、とても驚きました。

 反応としては、これはコメディ映画だとか、政治的な映画だとか…いろんな解釈があり、自分の解釈をメールで伝えてくる人がたくさんいました。たとえば、東京フィルメックスで映画を観てくれた若い日本人の方ですが、英語で手紙を書くのは初めてだけれど、とても感動したと伝えてくれました。こういうことは、カンヌ映画祭で賞を獲るよりもずっとうれしいことですが、たしかにカンヌのおかげかもしれません」(続きを読む)


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profile
アピチャッポン・
 ウィーラセタクン
Apichatpong Weerasethakul


1970年、バンコク生まれ。タイ東北部のコンケーンで育つ。両親は医者で、少年時代は病院が遊び場だった。幼少時からアートや映画に興味を持ち、映画館に通い出す。

コンケーン大学で建築を学んだ後、シカゴ美術学校に留学して映画を学ぶ。当時から商業映画とは異なる個人的な映像作品を手掛けるようになり、99年に短編映画『第三世界』が山形国際ドキュメンタリー映画祭で上映される。

同じ99年、映画製作会社「Kick the Machine Films」を設立。翌2000年には『真昼の不思議な物体』が山形国際ドキュメンタリー映画祭コンペ部門で優秀賞を受賞。世界各地の映画祭で注目される。

以後、すべての長編作品が東京フィルメックスで上映され、最優秀作品賞を2度受賞。カンヌ映画祭の常連にもなり、08年には審査員も経験。10年に本作でパルムドール(グランプリ)を受賞した。

アートの分野でも世界的に活躍。日本では08年1月に、SCAI THE BATHHOUSE で初の個展を開催。また11年1月末までに東京都現代美術館で開催された「東京アートミーティング トランスフォーメーション」展に映像インスタレーションを出品している。

インタビューでも語られているように、本作品もアート活動「Primitive Project」の一環として製作されている。
公式サイト&関連サイト
KICK THE MACHINE
SCAI THE BATHHOUSE