懐かしい香港トリビアと香港へのエール
『29歳問題』のもう1つの大きな魅力は、80年代から90年代までの香港芸能界が最も輝いていた時代へのオマージュに満ちていること。ティンロはレスリー・チャン(張國榮)の熱狂的なファンで、彼が出演した音楽ドラマ「日没のパリ(日落巴黎)」(89年)に憧れてパリへ旅立ちます。ドラマで三角関係を演じるのが、若き日のマギー・チャン(張曼玉)とチェリー・チェン(鐘楚紅)。ティンロはペットの亀に2人の名前を付けています。
ティンロが働いているレコードショップの店長は、映画やドラマ、音楽番組の司会などで活躍するローレンス・チェン(鄭丹瑞)。ティンロを演じるジョイスの母、リディア・サムとの共演も多く、感慨深い組み合わせとなっています。若い女性がショップに探し物に来て彼と会い、びっくりして記念撮影するというエピソードはまさにセルフパロディ。
90年代に人気を博したラップ・デュオ「軟硬天使」のジャン・ラム(林海峰)が人のいい大家さん、エリック・コット(葛民輝)が味のあるタクシー運転手を演じているのも見どころ。二人とも、今やすっかり中年俳優になったのですねえ。若い頃は憧れのチョン・コッキョンに似ていたというティンロの初恋の彼は、大人になってかなり変貌していますが、そのシーンではなんと本物のチョン・コッキョンがカメオ出演!
ティンロとチョン・ホンミンが2人で食べるのが、香港のローカルスイーツ「まんじゅうアメ」こと「プッチャイコウ」。丸いお椀で蒸した甘いお菓子を棒に刺して食べるローカルデザートで、日本ではアニタ・ユン(袁詠儀)とラウ・チンワン(劉青雲)が共演した『つきせぬ想い』(93年)で登場したのが印象的でした。アニタ・ユンといえば、本作でベビージョン・チョイが演じるチョン・ホンミンのイメージはレスリー・チャンというより、アニタ・ユンとレスリーが共演した大ヒット作『君さえいれば/金枝玉葉』(94年)での男装したアニタ・ユンを彷彿とさせる爽やかさです。
クリスティに関しては、友人の誕生祝いにレコードショップへ買いに行くのが、ウォン・カーウァイ監督の『花様年華』(2000年)のサイン入りポスター。また、クリスティがチーホウとつきあうきっかけになったのが、彼が真似をしたレオン・ライの大ヒット曲「ごめん、愛してる(對不起、我愛イ尓)」。音楽面では、タクシーで流れているダニー・チャン(陳百強)の歌や、ウォン・ガークイ(黄家駒)が歌うBEYONDの「通勤列車(早班火車)」、そしてレスリー・チャンの「ゼロから開始(由零開始)」と、今は亡きスターたちの歌がここぞという場面で流れ、香港芸能ファンの胸を熱くします。
ローレンス・チェン(鄭丹瑞)は香港ファンにはお馴染みの俳優。リディア・サムとの共演も多い。
(c)2017 China 3D Digital Entertainment Limited
Q:この作品には音楽といい、90年代の輝いていた頃の香港がたくさん出てきます。香港の皆さんにとっても懐かしいと思いますが、監督にとってもやはりあの頃が輝いているのでしょうか?
監督「そうですね。あれからこの20年で、香港は大きく変わりました。でも、下を向いてばかりではいけません。どんな状況であっても、きっとプラスの面もあります。そういう意味でも、新しい一歩を踏み出して欲しいという願いを込めています」
なるほど! この映画は女性の再出発の話だけでなく、香港の人々へのエールにもなっているんですね。
今後の予定とメッセージ
Q:本作は素晴らしい作品ですが、これからも映画を撮るつもりはありますか?
監督「わかりません。私は他の監督さんたちのように、映画に対する執着心がないんです。それは舞台もそうなんですが、私自身はあまり1つのことにこだわる性格ではなく、やりたくなったらやるという感じ。でも、やっている最中は一生懸命集中しています。それに、映画監督ともなると、撮影中も次の作品のことを考えたり、出資者を探したりしているものですが、私にはそういうことはできません」
Q:では、次の舞台の計画などありますか?
監督「今は特にありません」
Q:では、充電期間ですね。脚本はいかがですか?
監督「もうやりたくありません(笑)。他人のためではなく、自分の映画のための脚本ならいいけど。映画は一人ではできないし、なにより資金が必要です。この作品を観て、私に映画を撮らせようと思ってくれるスポンサーが現れたら、撮ってもいいなと思います。その時は、自分で脚本を書いて自分で撮りたいです」
映画監督としても活躍してほしいキーレン・パン監督
Q:それは楽しみです。香港には女性の監督が少ないので、ぜひご自分の脚本でまた映画を撮ってください。では最後に、これからこの作品を観る日本の観客へメッセージをお願いします。
監督「香港ではこの映画を観て、先へ進む勇気が出たという人たちがたくさんいました。私自身が当時感じていたことを描いた作品です。だから、何かにつまずいたり、迷っている女性に観て欲しいですね。ぜひ、自分と向き合って、前へ進む勇気をもらって欲しいです」
ありがとうございました。
この作品を観ていると、「暗い顔をしていても、問題は解決しない」「思い通りにいかないことは多いけど、受け止め方は自分で決められる」など、数々の示唆的なメッセージや金言がたくさん出てきます。観る人によって、心の琴線に触れるシーンやセリフ、言葉は違うかもしれませんが、注意深く観ていくと様々な発見があることでしょう。人生に迷っている方もそうでない方も、幸せに生きるヒントや、つまずいた時も一方前へ踏み出す勇気をもらいに、ぜひ劇場へお越しください。(香港芸能ファンの方々は、ハンカチもお忘れなく!)
(2018年4月17日 六本木・ポリゴンマジック本社にて単独取材)
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