スカッド監督、初期の話題作2作品がDVDリリース!
約2年半ぶりのインタビューで来日
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香港出身のスカッド(SCUD/雲翔)監督によるデビュー作『シティ・ウィズアウト・ベースボール/無野の城』(2008)と3作目『アンフェタミン/安非他命』(2010)が昨年12月にDVDで同時リリースされました。2作品ともプロデューサーとしても知られるローレンス・ラウ(劉國昌)監督との共同監督で、スカッド監督が世界的にも注目を集めた作品です。アジクロでは今回のリリースを記念して昨年10月30日に来日したスカッド監督に、単独でのロングインタビューをさせていただきました。
スカッド監督というと、『ボヤージュ』『ユートピア』と、内容は哲学的だったり人間ドラマだったりするものの、男女のヌードシーンが多いため、どうしても裸族映画、あるいはLGBTQ系のジャンル映画として括られています。しかし、この2作品はヌードシーンはあるものの、どちらかというと普通の若者たちの青春映画、せつない恋愛ドラマという側面が強く、どなたが観ても楽しめる作品になっております。さらに、香港カルチャーファン、中華圏の音楽ファンの方にはぜひ注目していただきたい作品です。
来日は東京国際映画祭の期間中だったため、インタビューは六本木ヒルズに近いに麻布台ある東京アメリカンクラブの一室で行われました。監督とお会いするのは約2年半ぶりでしたが、今回もにこやかな笑顔で迎えてくださいました。前日までは新作の台湾ロケだったとのこと。明日からはスペインでまた撮影の続き、という多忙なスケジュールの合間での来日でした。「昨夜は新しい香港映画(『ファストフード店の住人たち』)を観たんですよ。ゲストも来ていました」と映画祭の話をすると「アーロン・クォック!」とご存知でした。
今回の2作品DVDリリースについては「私の作品が最初に日本で公開されたのは『ボヤージュ』ですが、それよりも過去の作品がリリースされるというのは滅多にないことなので、とても光栄に思っています」と喜んでおられました。また、撮影中の新作映画や気になる香港情勢についても語っていただきましたので、じっくりとお楽しみください。
『シティ・ウィズアウト・ベースボール』
『シティ・ウィズアウト・ベースボール/無野の城』(2008)はスカッド監督の長編デビュー作品。その監督への道のりは2017年のインタビューをご参照いただくとして、新人監督時代の2007年に香港野球代表チームの宣伝映像を撮ったことが発端となっています。それまで、香港に野球チームがあるということは、香港の人々にもほとんど知られていませんでした。出演しているのは、実際の香港代表チームのメンバーと野球が盛んな台湾からやって来たコーチ。2004年のアジアカップ出場前後を背景に、それぞれが、自分自身を演じています。
Q:香港では珍しい野球チームのお話ですが、野球をテーマにされたいきさつは?
監督「実は最初は、女子ソフトボールチームのドキュメンタリーをオファーされたのです。それで、両方のチームの話を聞いてみると、男子チームの話の方が面白かった。それで、男子チームの物語に変更しました」
Q:出演しているのは、本物の選手たちで彼らの俳優デビュー作にもなっています。物語も実話に即しているそうですが、全部実話なのですか?
監督「90%は実話です。それぞれの恋愛エピソード部分は多少脚色しました。中心人物の二人、投手のチョンを演じるリョン・ユーチョンは、撮影中に結婚もしたんですよ(笑)。相手は撮影に参加していた女性です。ロン(ロン・フン)の方は、甘いルックスで女性にモテるのですが、自分には女性的な面があると話してましたね。恋愛対象も女性だから、自分はレズビアンなんだと言っていました(笑)」
失恋したロンは深酒で練習に遅刻する
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台湾コーチのジョンとカフェで働くピン
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(c)Artwalker Ltd.
Q:映画では練習中はユニフォームがなく、皆、日本のプロ野球選手のユニフォームやTシャツを着ていて面白かったです。グローブなども日本企業のロゴが入ってますね。
監督「ええ、実際ああだったのです」
Q:野球好きが集まった素人集団みたいでした。
監督「今でも香港にプロ野球チームはありません。だから、台北と同じレベルで競うのは無理でしょう」
Q:最初の方でヌードシーンがありますが、皆さん抵抗はなかったんですか?
監督「冒頭のシャワーシーンでは、撮影前にしばらくディスカッションをしました。それで、やってみようと決めてくれました。公開された後で、僕がレポーターからインタビューを受けた時、チョンは『普段シャワーを浴びる時は、明らかに裸ですよね。見たかったら、どうぞ来てください。ほとんど毎日裸ですから』と言ってましたね(笑)」
Q:監督の作品には必ず文学の引用があります。本作でも杜甫、李白、白楽天など、昔の唐詩の引用がありますが、特別なこだわりがあるのですか?
監督「著作権フリーだからです(笑)」
と、監督は笑っていたけれど、それぞれの引用はシーンと密接に結びついており、効果的に使われています。
印象的な音楽の使い方と香港文化へのオマージュ
Q:懐かしい広東ポップスがたくさん出てきますね。
監督「映画に出てくる音楽や歌は皆、亡くなった人のものです」
Q:オマージュですか?
監督「ええ。悲しい追悼です。少しは政治的メッセージもあります。かつていた偉大なるアーティストたちへの嘆きであり、文化都市だった香港の死への嘆きでもあります」
なるほど。ちなみに登場するのは、ダニー・チャン(陳百強)、レスリー・チョン(張國榮)、作詞家のリチャード・ラム(林振強)、ローマン・タム(羅文)、アニタ・ムイ(梅艶芳)、そしてウォン・ガーコイ(黄家駒)の楽曲です。
ロンの新しいGFは奔放なメイズ
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チョンに惹かれたロンは告白するのだが…
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(c)Artwalker Ltd.
Q:どの曲もシーンに合わせたものになっていますね。それを選手の皆さんが歌っているのも面白いです。歌は監督が選んだのですか?
監督「亡くなったスターたちの歌は僕が選びました。選手たちが歌うので、サウンドチェックはありましたが」
Q:映画の冒頭から使われていて、選手たちのカラオケシーン、そしてエンディングロールで皆で歌っているのは、台湾のマイケル・ウォン(光良)によるヒット曲「童話」ですね。
監督「あれは皆が好きな曲で、僕に推薦してくれたんです」
Q:エンディングロールでは監督も一緒に歌っていました。
監督「ええ(笑)。僕も歌うのが好きなんです」
映画の中で、チョンは自殺願望のあるキム(モニー・タン)と知り合い、彼女のことが気になるようになります。そして、彼女を死の淵から救おうとします。チョンとキム、ロンとGFのメイズ(ジア・リン)、コーチのジョン(ジョン・タイ)と海辺のカフェで知り合ったピン(ヤン・ウェイシャ)、そしてチョンとロン、それぞれが報われない愛を抱えているという点で、「童話」はこの映画のテーマソングのように使われています。
チョンはキムのことが忘れられなくなるのだが…
(c)Artwalker Ltd.
香港野球のその後と共同監督について
Q:アジアカップの大会シーンはセットを組んだのですか?
監督「あれはセットですが、スコアは当時とまったく同じです。実は、今年のアジアカップで香港代表チームはかなり強くなったんです。あの時、最年少だった選手が、今はピッチャーになって勝ち進んでいます。台北チームには及びませんが、あの時に負けたスリランカには勝ちました。他の選手のほとんどは皆、コーチになっていますが、若い選手は今活躍しています。香港代表チームは映画を撮った頃より、かなり強くなりました」
Q:この映画の影響もあるのでしょうか?
監督「そう思います。この映画の後、2年間にほかの野球映画が作られ、段々と知られるようになりました。野球は人気のあるスポーツになっています。香港の親世代にとって、野球は今や健康的なスポーツの1つなんです。以前はよく知られていないだけでなく、危険でリスキーなものと思われていたのですが、今は違います。メインストリームのスポーツになりました」
Q:ローレンス・ラウ監督との共同監督ですが、役割分担などはあったのですか?
監督「最初に脚本を書いた時、有名なディストリビューターのゴールデンシーンに送ったんです。朝の2時に電話がかかってきて、脚本が気に入ったと。アカデミックな訴求力もあるということで、僕も心を動かされました。ところが、実際に撮影が始まると脚本とは違う内容になっていったんです。僕が意図していた部分がカットされてしまいました。僕が想像していた『シティ』とは違うものなってしまいました」
Q:配給会社が手を入れたのですか?
監督「いえ。最初にローレンス・ラウが編集しました。長過ぎると思ったので、さらに僕が手を加えました。でも、1番の問題は、大切な場面がカットされていたことです。台湾から来たコーチのジョンが、海辺のカフェで双子の姉妹と出会うのですが、それは姉の方です。でも、その後で姉は死んでしまい、数日後に彼に会いに行くことができない。後で、練習を見にやって来るのはゴーストなんです。妹の身体を借りて姉が会いに来たのです。でも、その背景が観客を納得させるには充分でなかったので、残念でしたが、その部分をカットしました」
Q:監督の作品には常に亡くなった人、死のイメージがあります。チョンも自殺願望のある少女キムと知り合います。「死」というのは、監督の作品のキーワードなんでしょうか?
監督「死については、小さい時から考えていました。15歳の頃から、一度考えるのをやめたのですが、大好きな祖母が亡くなった後でうつ病になり、改めて考え始めたんです。僕の映画の3つの要素は『愛』『うつ』そして『死』です。当時、撮影中のロンには何かが宿っている感じがしていたのですが、今撮影中の新作に出ているアドニスにもそんな感じがしますね」
このデビュー作『シティ・ウィズアウト・ベースボール』は、野球をテーマにしながらも、いわゆるスポ根や熱い友情を扱った作品ではなく、アジアカップという目標で集まった人々それぞれの恋愛模様と選手間の人間関係が描かれた人間ドラマです。いわゆる野球映画とは違いますが、とても興味深い作品です。香港の青春映画や広東ポップスファン、マイケル・ウォンのファンの方も、ぜひご注目ください。
(▼『アンフェタミン』)
シティ・ウィズアウト・ベースボール > アンフェタミン > 新作と香港
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