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ASICRO FOCUS file no.267

西湖畔せいこはんに生きる』グー・シャオガン監督来日トークイベント

鋭い質問で核心に触れていたQ&A

Q:本作を作るにあたり、資金のお話もありましたが、検閲はいかがでしたか?

 監督「たしかに、その面でも大きな挑戦となる映画でした。映画製作や美学以外に、テーマ自体も大きな冒険の旅でした。マルチ商法を扱った映画は中国ではこれまでになかったので、それがなんとか形にできたのは、プロダクション、配給会社、スタッフやキャストの信頼があったからこそ。そのおかげで、チャレンジングで凄くわがままな冒険を経て、このテーマで映画を作ることができました。完成後、中国でいい成績を残せたので、この映画にとっては大きな成功だったと思います」

Q:山水の美学は今後どんな社会的なテーマと結びつくと思いますか?

 監督「山水というのは、外から見える風景だとかそういうものである以上に、テーマが大切です。山水画のテーマによいものとして四字熟語があります。『澄懐観道』心を澄ませて道を見る。これが山水映画のテーマです。中国の山水画の伝統は写実的な絵とは違います。中には写実的なものもありますが、「富春山居図」は写実的なものとは異なります。

 ホウ・シャオシェン監督や小津安二郎監督らの映画がどうしてこんなに素晴らしいかというと、彼らが表現しているのがこの人間世界に対する愛だったり、彼らの1つの見方だからです。それが、彼らが映画を作るモチベーションになった。だから、彼らの映画は時空を超えた芸術作品としての価値があるのです。彼らの映画は、心を澄ませて道を見る作品だったと言えるでしょう。これは、我々にとって究極的な目的だと思います。

making scene

撮影中のグー・シャオガン監督

 『春江水暖〜しゅんこうすいだん』はそれを目的にしていました。これは家族の物語ですが、哲学的なことでいえば1つの循環、輪廻を描いています。1つの家族の循環と輪廻の物語、愛の循環の物語であり、季節の循環の物語だった。ただ、『春江水暖〜しゅんこうすいだん』はどちらかというと、直接的でない方法で描かれています。すごく東洋的な映像美学で描いています。

 西湖畔せいこはんに生きる』では違う方法を模索していました。日本版のポスターのキャッチコピーにあるように「その畔には天上があり、地獄がある」と。人の世には、天国と地獄が両方存在するということなんですね。その中で、いかに人間が本来の自分に戻って来られるか、ということを今回のテーマにしました。現代の文明社会では、社会の外側、教育や社会で盛んに言われる価値観によっていろいろなことが吹き込まれます。そうやって、本来の自分をそれらが形作ろうとします。ただ、それは本当の意味での自分ではない。本当の自分をどうやって見つけ出せるか、ということを模索したかったのです。

 今回は映画としてはジャンル映画に寄せていて、ややドラマティックです。内容もとても現代的ですが、テーマとして追求したかったのは人間の本当の自分、心の中の本当の自分を模索したかった。天国も地獄も両方とも人の世には存在している。人間の心の中にある神と悪魔です。それが今回のテーマでした。

 その神と悪魔の部分は、それぞれ違う撮影方法で表現しています。マルチの場面を今までの山水映画のように、長回しで観察者の視点で撮るということもできました。そうすれば、美学的にはもっと洗練された作品になったかもしれません。ただ、今回はジャンルとしての山水を探求するつもりで撮影しているので、詐欺のシーンを撮る時はもっと入り込んだ視点で撮ろうと思いました。冒頭の山水を写す時は神のような視点で空間を撮っていき、詐欺のシーンではそこに入り込んだ眼差しでこの地獄を描く。この衝突を描きたかった。今回はクライム(犯罪)という性質もあるので、クライムの映像としても何か新しい可能性を広げられないかと考えました」

”山田洋次監督と1" ”山田洋次監督と2"

昨年の東京国際映画祭で山田洋次監督とトークイベントを行った時のグー監督。ちょっと照れてますね(右)山田監督は前作の『春江水暖〜しゅんこうすいだん』が大変気に入っておられ、山田監督が考えた前作の続きのアイデアなどを話されていました。

Q:主人公の女性の仕事に茶摘みを選んだのはなぜですか?

 監督「すごく大切な、核心的な質問です。実はこの映画は「目連救母」という仏教故事を元にしています。ムーリエンという名前はその「目連」から取っていて、とても宗教的な意味を持っています。この仏教故事、宗教的な物語を現代劇に翻訳する上で、何を使おうかと考えた時「茶」が大切でした。中国のオリジナルタイトルは『草木人間』というのですが、これは「茶」という文字を分解したものです。人間が草木の間にいるのが『草木人間』で、深い意味や感情を込めてつけたタイトルです。

 この映画の中で、「茶」は3つに分けて出てきます。1つはチェンさんが煎っている西湖龍井茶。経済としてのお茶で、中国のお茶はとても高いのです。特に西湖龍井は黄金より高いと言っても過言ではありません。もう1つは、宋代のお茶の技法が出てきます。点茶と言う日本の抹茶のような技法ですが、これは中国のインテリ層や都市部のホワイトカラーがよく使っています。もう1つ、唐代のお茶の技法が最後に出てきます。これによって表現したかったのは「茶禅一味」。茶と禅は同じようなものであるということ。お茶は市井の生活と通じるだけでなく、禅とも通じるものなんですね。東洋の記号として「茶」は「禅」と通じています。

 ムーリエンには自分自身を超えた神的なものがある。タイホアは悪魔的な存在。この神と悪魔が両方とも自分探しをするんです。タイホアは詐欺にひっかかり悪魔のような偽りの自分をつかみ、悪魔のようになってしまう。ムーリエンは禅の境地に達して、最後に禅道へ行き、啓示を受けるという結末です。そうやって自分の成長の中で、自分の内側にある本来の自分と偽物の自分の関係を描いています。仏教故事を現代の物語として描く上で、お茶が大切な道具になりました」

 配給会社によると、邦題も最初は『草木人間』のままでいこうという案があったそうですが、日本人はどうしても見たままに「くさきにんげん」と読んでしまうので哲学的な意味まで伝わらないということで、英語タイトルを訳した西湖畔せいこはんに生きる』となったそうです。それにしても、そこまで意味深い「茶」と「禅」のお話だったのですね。それで、ムーリエンがお父さんを探す話がバックグラウンドとして生きて来るのですね。一番最後に大きな謎が解けたような展開の、意義深いトークイベントでした。音楽を担当した梅林茂さんのお話も聞きたかったものの、かなり時間が押していたのでトークイベントはここまでとなりました。

ー次回作の予定と、最後のご挨拶をお願いします。

 監督「第3巻については、やはり第1巻、第2巻と同じように山水映画のシリーズになっています。次回作は家族の物語、そしてラブストーリーになります。特にラブストーリーの要素が強くなるでしょう。今までと違うのは、どんなスタイルで撮るか決めた上で脚本を書いているところ。今までは脚本を書いてから、どういう風に撮ろうかと考えていたので、それが大きな違いになるでしょう。実際、どんな映画になるかは探索しているところなので、できるだけ早く撮影し、また皆さんにお見せしたいと思っています」

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 最後に日本語で「オヤスミ」と挨拶し、監督は拍手の中を退場しました。監督のプロフィールをご覧になるとわかりますが、浙江理工大学で服飾デザインとマーケティングを学んでいる時に映画に目覚め、宗教や哲学にも興味を持ち始めたという異色のスタート。もともとはアニメ・漫画コースを希望していたということなので、物語を語る素養もあったのでしょう。大学で見せ方と売り方を学びながら、映画の道に入っていったのは天命に違いありません。第3作目では、どんな描き方で山水映画を見せてくれるのか楽しみです。


▼P1▼P2|▲P3 ▼作品紹介

更新日:2024.10.22
back numbers
トークイベントの表記

司会進行&質問者
監督(グー・シャオガン)

作品情報

日本版ポスター

中国版ポスター

日本版ポスター(上)と中国版ポスター(下)は雰囲気がかなり違います。