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更新日:2022.3.1

『ホテルアイリス』小川洋子 × 永瀬正敏 公式対談

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© 長谷工作室

ロケーションが映画に及ぼすもの

Q:劇中、台湾・金門島のロケーションが非常に魅力的でしたね。道にレンガが敷き詰められていたり、 建物が石造りだったり。先ほど永瀬さんが言及された、まるでモン・サン=ミシェルのように、潮が引くと歩道が現れる孤島も、原作小説の雰囲気にぴったりでした。

 小川「素晴らしいですよね。よくこんな場所があったなって。しかもホテルアイリスの建物が、実際も民宿だと聞いて、『ああ、小説家が想像して作ったものだと思っても、実はこの世界のどこかにそれは存在してるんだな』と、ちょっと面白い錯覚に陥りました」

 永瀬「ロケーションは役を演じる上で、いわば共演者の一人みたいなもの。非常に大切なんです。小川さんが今おっしゃったように、金門島は原作のイメージにスッとつながって、監督はよく探されたなと思いました」

Q:ロケーションという意味では、お二人はそれぞれ、どんな部分が印象に残りましたか?

 永瀬「やはり潮が引くと現れる歩道ですね。たしか、朝方と夕方の一瞬しか歩いて渡れなかったんじゃなかったかな。限られた時間の中でどう撮影するか? スタッフの皆さんは大変だったでしょうが、様々なアイデアを出し合って撮影できた。この歩道のあり方が作品にぴったりだと思いました」

 小川「私は、小説では大きい遊覧船で行き来するイメージだったんですが、映画では渡し舟風になっていて。その舟を漕ぐ売店のおじさんの佇まいが、すごくよかったんですよね。海辺にある売店や、売っているものの感じとかも。自分の小説にも、この人を登場させたかったと思ったほどでした」

Q:台湾人俳優、リー・カンション(李康生)さんが意味ありげな視線で演じていましたね。

 小川「マリと翻訳家は切実な状況にあります。おじさんはこの二人とは全く無関係の立場にいながら、彼らをあちらへ渡すという、実はとてつもなく重要な役目を果たしていて。そのことに気づいていないのか、それとも気づいていないふりをしているのか、あの不機嫌で、無責任な感じが印象的でした」

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© 長谷工作室

上:海辺の売店で渡し船の船頭も演じるリー・カンション。
  彼はこの世とあの世を繋ぐ存在でもある
右:映画初主演にして肝が座っていたルシア(陸夏)
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© 長谷工作室

日本と台湾のコラボレーション

Q:この映画はバイリンガルで、劇中、日本人のキャストが 話すのは日本語、台湾人のキャストが話すのは北京語です。 でも台湾人の陸夏さんが演じるマリだけが、母語の北京語 と、母語でない日本語の両方を話します。

 小川「それは、この映画の大事な要素の一つだと思います。マリと翻訳家がやりとりし合うのは、"言葉にならないもの"です。なぜ言語が混じり合っているのか、最初は不自然に思われる方もいるかわかりません。でも言語や言葉の意味なんて、この二人にはあまり 関係ないことが、映画を観ていくうちにだんだんわかってくるんですよね。二人はまるで小鳥がさえずり合うように、"意味じゃないもの"をやりとりしている。あるいは、肉体と肉体をやりとりしている。そういう関係性を一つ、言語の問題が象徴していると思います」

Q:小川さんが過去のインタビューでおっしゃってきた「文学は、言葉にできないことを言葉にしようとすること」という考え方とも少しリンクしますね。

 小川「ちゃんと言葉でわかるように説明してくれ、という気持ちになるかもしれません。でも実は、言葉にならない部分に重要な真実が隠れている。そこまで行き着いてほしいなと思います」

Q:陸夏さんは今回が映画初出演。日本語のセリフや、ヌードのシーンがある中、堂々と演じてらっしゃいました。

 永瀬「肝が座っていましたね、最初から。今回の現場には台湾人のスタッフも、若くてしっかりした女性が多かったから、安心できる現場だったんじゃないかなと思います」

Q:肝が据わっていると、どういうところから感じましたか?

 永瀬「マリが翻訳家と関係を持つシーンの撮影のとき、陸夏は待ち時間もずっとあの部屋の中に、体に何か一枚羽織っている程度のままでいたんですよね。そうすることで何かを自分の中に入れて、マリに変わろうとしていたのかな。初めての映画ということもあり、とにかくなんでも吸収しようと一生懸命準備していた姿をよく覚えています」

Q:態度を見ているだけで、本気度が伝わってきたと。

 永瀬「かなり不安もあっただろうし、いろいろ思い悩んだと思うんです。そういうときは、みんなで夜ご飯を食べに行って。(撮影は コロナ禍前の2018年で)まだそういうことができる時期だったので。『みんなで明日も頑張りましょうー!』なんてふざけて言い合ったりしました」

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永瀬正敏、マー・ジーシャン、リー・カンション、ツァイ・ミンリャン監督の豪華4ショット

Q:映画はシリアスですが、現場は和気藹々とした感じだったんですね。そういえばマリの父親を演じたマー・ジーシャン(馬志翔)さんは、永瀬さん主演の2014年の台湾映画『KANO 1931海の向こうの甲子園』の監督でしたね。

 永瀬「出演してくれて嬉しかったですね。元々素晴らしい俳優さんでもあるので、俳優同士で共演できたのも嬉しかったです。実はサプライズで『KANO 1931海の向こうの甲子園』のスタッフが10人くらい、金門島で僕が泊まっていたホテルまで来てくれたんですよ。きっ とマーさんが『永瀬が台湾に来てるよ』って言ってくれたんだと思うんですけど。びっくりして、でもうれしくて、廊下で記念写真を撮ったりしました」

Q:ツァイ・ミンリャン(蔡明亮)監督も現場にいらしたそうですね。

 永瀬「ツァイさんとも沢山お話ができて楽しかったです。以前、国際映画祭等でちらっとお会いしたことはありましたが、あまりお話できていなかっいたので。撮影が終わるとホテルのテラスで毎日マーさんと3人で深い時間まで話してましたね」

Q:小川さんから永瀬さんへ、何か映画のことで聞きたいことがあればぜひ。

 小川「あの海辺のシーンの足は、やっぱり永瀬さんの足なんですか?」

 永瀬「それは……。」

 小川「あ、言わない方がいい?(笑)」

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 小説『ホテル・アイリス』では、冴えない外見の初老男性として描かれていた翻訳家。今回はその翻訳家を、大人の魅力漂う永瀬正敏さんが演じましたが、小川さんは「キャラクターの本質を体現していた」と絶賛! 永瀬さんも現場で「原作を何度も読み返していた」そう。取材が終わるとボロボロになった文庫本を取り出し、小川さんにサインを求めていました。

(本文&写真提供:リアリーライクフィルムズ)


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profile
小川洋子
Yoko Ogawa


1962年、岡山県生まれ。1984年早稲田大学第一文学部文芸専修卒業。1988年『揚羽蝶が壊れる時』で第7回海燕新人文学賞を受賞し作家デビュー。1990年『妊娠カレンダー』(文藝春秋)で第104回芥川賞受賞。2004年には『博士の愛した数式』(新潮社)で読売文学賞、本屋大賞を受賞。主な著作に『ブラフマンの埋葬』(講談社/第32回泉鏡花文学賞)、『ミーナの行進』(中央公論社/第42回谷崎潤一郎賞)、『ことり』(朝日新聞出版/第63回芸術選奨文部科学大臣賞)、フランスで映画化された『薬指の標本』(新潮社)のほか、『物語の役割』(ちくまプリマー新書)や『生きるとは、自分の物語をつくること』(新潮社)などエッセイや対談集も多数。海外でも高く評価されている。現在、芥川賞、野間文芸新人賞、内田百間文学賞の選考委員を務める。『ホテル・アイリス』は1996年初版が出版された。近著に工場見学のエッセイをまとめた随筆集『そこに工場がある限り』がある。

ホテル・アイリス

ホテル・アイリス
(幻冬舎文庫) 文庫
545円(税込)


永瀬正敏
Masatoshi Nagase


1966年生まれ、宮崎県出身。1983年、映画『ションベン・ライダー』でデビュー。『息子』(91)で日本アカデミー賞新人俳優賞・最優秀助演男優賞他、計の8つの国内映画賞を受賞。その後日本アカデミー賞は、優秀主演男優賞1回、優秀助演男優賞2回受賞。 海外作品にも多数出演しカンヌ国際映画祭・最優秀芸術貢献賞『ミステリー・トレイン』(89)、ロカルノ国際映画祭・グランプリ『オータム・ムーン』(91)、リミニ国際映画祭グランプリ、トリノ映画祭審査員特別賞『コールド・フィーバー』(95)では主演を努めた。台湾映画『KANO 1931海の向こうの甲子園』(15)では、金馬奨で中華圏以外の俳優で初めて主演男優賞にノミネートされ、『あん』(15)、『パターソン』(16)、『光』(17)でカンヌ国際映画祭に3年連続で公式選出された初のアジア人俳優となった。近作は『赤い雪』(19)、『ある船頭の話』(19)、『最初の晩餐』(19)、『カツベン!』(19)、『ファンシー』(20)『星の子』(20)『名も無い日』(21)『茜色に焼かれる』(21)他。2018年芸術選奨文部科学大臣賞を受賞。
関連リンク
永瀬正敏 公式Facebook
マー・ジーシャン
 『KANO 〜1931海の向こうの
  甲子園〜』インタビュー
  (2015.1.24)
リー・カンション
 『郊遊〜ピクニック〜』
  インタビュー
 (2014.9.26)