『ホテルアイリス』小川洋子 × 永瀬正敏 公式対談
2月18日より全国で絶賛公開中の日台合作映画『ホテルアイリス』(監督:奥原浩志)。公開に先駆けて、原作者である小川洋子さんと主演の永瀬正敏さんが公式対談。今回が初対面となったお二人の興味深いインタビューの全文をご紹介します。
翻訳家というキャラクターについて
Q:小川さんの小説の映画化作品には、これまで『薬指の標本』(05)と『博士の愛した数式』(06)がありました。この2作と比べて、より大胆に翻案された『ホテルアイリス』。小川さんはご覧になり、 どんな印象を持たれましたか?
小川「脚本をあらかじめ読んだときには、映画化するにあたっていろいろと手を加えたんだなと思いました。でも、最終的に映画になった段階では、自分の小説とどこが違うとか、そんなことはもう全然気にならず。一つの完成された世界として、違和感なく観ることができましたね」
Q:合わせ鏡のモチーフが登場するなど、映画ならではの表現が加わっていましたね。
小川「小説の中に隠れていたものを、監督が見つけて拾い上げてくださったのかなという印象でした」
Q:小川さんは以前インタビューで、翻訳家というキャラクターについて「もう死しか残されていないようなお年寄りにしたかった」と話されていました。それを魅力的な永瀬さんが演じることで、見え方が違ってくる気もしたのですが。
小川「年齢は単なる数字でしかないんだなと思いました。たしかに小説で「老人」という言葉も使いましたが、この映画に登場するあの翻訳家も、ある意味では"老人"であり、何歳でもありうる。年齢という単純な枠組みを打ち破ったような存在感でしたよね」
Q:ある意味で、老人である。
小川「つまり、既に半分死んでいる。あるいは、実は"死者"だと言ってもいい。年齢を超越し、何歳であるかということに意味をなくした、死者。それを、永瀬さんが体現されたということだと思います」
永瀬「そうおっしゃっていただけてうれしいです。そこは最初にお話をいただいた時、僕も確認しました。老けメイクや特殊メイクをするのか?でもそれだとこの映画のためにならない気がして…。製作者さんサイドの意見は、準備稿の時点から『老人を下げ、マリの年齢を上げてやるつもりだ。年齢が近づいたときのケミストリーも見てみたい』と。それでわかりましたと」
Q:永瀬さんは翻訳家を演じるにあたり、あらかじめ原作小説は読まれましたか?
永瀬「読ませていただいて、すごく魅力を感じましたね。翻訳家だけではなく、主人公のマリや、あのホテルで働いている、盗み癖のあるおばさんとかも含めて。そういうさまざまな人たちの集合体として、面白い小説だなと思いました」
Q:それぞれのキャラクターに魅了されたということですね。
永瀬「ええ。あと、いつの時代の、どこの国の物語なのかわからない、浮遊しているような感覚も含めて魅力を感じたんだと思います。普段は現場に入ってからは、原作をあまり手に取らないんです。でも今回は原作を持ち歩き、何度も読み返しました」
Q:それはどうしてでしょうか?
永瀬「もちろん監督の書かれた脚本があってこそですが、映画の時間軸の中に、小説に描かれていること全部は収まり切らないですよね。となると、『ホテル・アイリス』から絶対に削ぎ落としちゃいけないところはどこなんだろうと思って。翌日撮る予定のシーンを原作で読み返しては、監督に自分の考えをお伝えすることもありました」
Q:特に原作が指針になったポイントは?
永瀬「いっぱいありますけどね。翻訳家が暮らしている孤島での、彼の重みのある立ち振る舞いだったり。そこからホテルアイリスのあるリゾート地へ渡ってきたときの、地 に足がついていない感じだったり」
Q:リゾート地と孤島を行き来する中で、翻訳家の二面性をどう切り替えていくかにおいて、原作を参考にされたと。孤島に行くには、満潮のときは渡し舟が必要ですが、干潮のときは干潟に歩道が現れ、歩いて渡れるんですよね。
永瀬「翻訳家が孤島に歩いて帰ろうとして、途中で止まるシーンがあるんです。撮影している間に潮が満ちて、途中から島へ渡れなくなった。でもこれはチャンスなんじゃないかと、撮影したんです。とは言うもののこの場合、どっちの翻訳家として立っていればいいんだろうと少し考えてしまって。そういうときに、小川さんが書かれている一言一言を大事にしていました」
小川「とてもありがたい言葉です」
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