長編監督デビュー作で
性分化疾患の問題に挑戦!
ー リリー・ニー(倪曜)
9月22日より公開の台湾映画『I 〜人に生まれて〜』は、14歳で性分化疾患と診断された少年が、本人には知らされないまま手術を受けて女性の身体になり、性自認のアイデンティティが男性だったため苦悩する物語です。2021年の大阪アジアン映画祭では『人として生まれる』のタイトルで上映され、主人公を演じたリー・リンウェイ(李玲葦)が薬師真珠賞を受賞しています。
監督したのは、中国出身の新鋭監督リリー・ニー(倪曜)。アメリカで映画を学び、短編作品で注目された後、本作で長編デビューを飾りました。当初は中国での製作や上映を考えていたそうですが、検閲制度の問題があり断念。台湾での製作となっています。脚本も担当しているニー監督。「性分化疾患」「インターセックス」というデリケートかつ複雑なテーマをデビュー作に選んだ監督に、メールでのインタビューをすることができました。
Q:長編デビュー作に「性分化疾患」「インターセックス」という難しい題材を選ぶのは大きな挑戦だったと思います。このテーマを選んだきっかけは?
監督「きっかけは私の親しい友人です。私はその友人のことをずっと同性愛者だと思っていましたが、後で実はインターセックスなんだと教えてくれました。この出来事は私にとっては衝撃的でした。それからインターセックスについて関心を持つようになったのです。彼らの声に耳を傾ける必要があると思うし、社会が彼らに対してより平等で尊重に満ちた考えを持つことを願っています」
Q:映画を学んでおられた時はアートやデザイン方面に興味があったそうですが、美術や衣装、メイクではなく監督を選ばれた理由を教えて頂けますか?
監督「はい。私はアート、デザイン、服装、メイクアップに興味がありますが、どれも完全に習熟しているわけではありません。監督を選んだ理由は、自分よりも優れた才能のある方々を見つけることができ、その方たちとそれぞれの強みを発揮し、力を合わせて映画の夢を実現できるという点でとても素晴らしい仕事だと思ったからです。だからこそ、COVID‑19の流行中にも関わらず、台湾で多くの才能のある映画製作者の方々に出会い、皆さんの手助けのおかげで、人生で初めての映画である本作を完成させることができてとても幸せだったと思っています」
Q:全体的にホラー映画のようなトーンや演出をされているように感じられました。主人公の体験自体、恐ろしいことだったと思われますが、演出をされる上で気をつけたこと、工夫されたことはありますか?
監督「この映画を企画・制作している段階では、ホラー映画という方向性は考えていませんでしたが、公開後、観客の方々からそのような感想をたくさんいただきました。私は元々ホラー映画が好きで、子供の頃に好きだったティム・バートン監督から音楽や映像の影響を受けているのかもしれません。ですが、『I 〜人に生まれて〜』をホラー映画だと思ったことは一度もありません。主人公は、特別な体験をしましたが、それを除けば私たちと同じ普通の人間だと思っているからです。
少年として育ったシーナンと母親
©2021 Flying Key Movie Co., Ltd.
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転校してシーランとなり、親友ができるのだが…
©2021 Flying Key Movie Co., Ltd.
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演出する上での工夫の一つは配色です。この映画の配色は、アメリカの風習である「gender reveal party(性別発表パーティー)」からインスピレーションを得たものです。そのパーティーとは、赤ちゃんの性別をみんなで予想し、最後にケーキや風船の色で答え合わせをするというものです。青は男の子、ピンクは女の子を表し、正解者には賞品が贈られます。私はこのイベントについて非常に興味深く、少し皮肉なことだと思いますが、なぜこのようなパーティーが行われるようになったのか、考える必要があると思いました。そのため、映画の配色やポスターのデザインは、企画段階から青とピンクに焦点を当てたいと考えていました。この2色を強調するために、赤 (血) や緑 (性転換手術前後) など、他の色の使用は、なるべく特定のシーンでのみ使用するようにしています」
Q:親友となるティエンチーの母親が役者、主治医リー先生の母親が彫刻家とどちらも芸術家になっていますが、意図があるのでしょうか?
監督「親友の母親を台湾の伝統芸能である「歌仔戲」の役者に設定したのは、台湾に来てから知ったのですが、「歌仔戲」の始まりは男優ばかりで、女性の役も男性が演じていたことを知ったからです。後に戦時中に男性が不足し、女性の活躍の場が増えたため、女性が男装することが主流となりました。私は「歌仔戲」の歴史が『『I 〜人に生まれて〜』のテーマと合致すると感じました。そして、親友の母親が歌う曲に選んだのは「梁山伯と祝英台」の中の曲ですが、これも女性が男装する物語を描いたもので、これも映画の筋書きのためでした。
また、リー先生の母親が彫刻家という設定は、実はリー先生の人物像に役立っています。リー先生は幼い頃から母親の影響を受け、人間の身体は必ずしも自然なものではなく、「芸術家」によって作り上げられる「作品」にもなり得るのだと感じていました」
Q:今後はどのようなテーマの作品を撮っていきたいですか?
監督「私は個人的にホラー、ファンタジー、スリラー映画が大好きなので、いつか挑戦してみたいと思っています。現在執筆中の脚本はブラック・コメディで、『I 〜人に生まれて〜』の撮影監督仲間と話し合ったテーマです。しかし本当に残念なことに、彼は別の撮影現場で人の命を救おうとして亡くなってしまいました。私はこの出来事にとても大きなショックを受けましたが、同時に前に進み続ける力をもらいました。自分自身を励まし、強くなるよう努力し続けることで、約束した映画を作るという夢を実現することができると信じています」
お話に出てきた撮影監督とは、ホアン・ボーション(黃柏雄)監督のこと。残念ながら、昨年3月にドラマ撮影中の事故により38歳の若さで亡くなられています。ぜひ、約束された映画を完成させていただきたいと願います。
ブルーとピンクの羽を持つ蝶がシンボリックに登場する『I 〜人に生まれて〜』。日本ではやっとLGBTQへの理解が進んできたものの、それとは別の「性分化疾患」や「インターセックス」という問題はあまり認知されていません。ニー監督がおっしゃっているように、社会が彼らに対してより平等で尊重に満ちた考えを持つよう、この作品を観てこの問題に関心を持ち、考えるきっかけになればと思います。
主演のリー・リンウェイはNetflix の「返校」(2020)で主人公を演じて注目を集めた若手女優。男の子役を自然体で演じ、熱演しています。絶望から今の身体を受け入れ、積極的に生きていこうと決意する凛とした姿にも救われます。そのエンディングに流れる主題歌「緑一字」を歌っているのは、なんとリリー・ニー監督。作曲はアジクロでかつてインタビューしたこともある、シンガポールのリー・ウェイソン(李偉菘)です。ぜひ、最後までご堪能ください。
(2023年9月11日 メールインタビューへの回答より)
▼『I 〜人に生まれて〜』作品紹介
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