監督「私が脚本を書く時は、誰がどの役をやるというのが決まっているので、アテ書きというか、役者を想定して書いていきます。どれくらいの年齢で、どういう気分で、どういう状況に置かれているかと…むしろ、監督が役者を理解しにいく感じですね。『郊遊〜ピクニック〜』の中でリー・カンションが演じた父親の役は、社会的には仕事に失敗した負け犬のような人です。だから、そういう人を見に行くだけでいい。特に俳優がわざわざ個性を作り上げる必要はありません。人間立て看板の人を、二人でこっそりと観察に行ったくらいです」
映画の冒頭に登場する女はヤン・クイメイ(上)、スーパーの女店員を演じるのはルー・イーチン(下左)、後半に登場する追憶の中の妻はチェン・シャンチー(下右)。元は1人だった役柄から、3人が出演することで、それぞれの役割が生まれた。
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(c)2013 Homegreen Films & JBA Production
Q:キャベツを食べるシーンは圧倒され、感動しました。演じている時のお気持ちは?
リー「あの時は…(監督笑う)演技に入る前に、小道具さんがキャベツを7、8個用意しているのを見たので、これは1回でやり終えないと、キャベツを食べ続けなくちゃならなくなる。1回でOKカットにしたいと考えてました。その時の監督からの指示は、キャベツを食べてくれというものでした。食べる時に、自分の出て行った妻と思って、枕で抑えて…という指示しかありませんでした。ところが数分経っても、カットがかからない。枕で抑えたまま、なかなかカットがかからないので、できるだけ長くやるしかなくて、妻と暮らした過去のことを思うようにしようとか、10数年来家族で一緒に暮らしたという感覚を自分の中で作ろうとか、そんなことを考えながら演じていました。そのうちに、カメラマンが『もうカセットの残りがありません』と言ったんです。それでも、監督からはまだカットの声がかからなくて、おかしいなと思ってました」
監督「それで、その日の撮影は終わりにしたんです(笑)」
Q:1回で満足したのですか?
監督「とても感動しましたね。スクリプターも彼の演技に感動していたたまれなくなり、外に出て泣いてました。それで、もう充分だと思いました。もし2回撮っても、これ以上のものは撮れなかったでしょう。この時ほど、リー・カンションの役者としての成熟度、到達した境地を感じたことはありません。素晴らしい俳優になったと思います」
Q:台湾には世界的に有名な監督が3人いて、それぞれまったくタイプが違います。アン・リー監督は世界的に観客を集められる監督だし、ホウ・シャオシェン監督は台湾を代表する監督だし、ツァイ監督はヨーロッパで一番たくさん賞を取る監督です。ツァイ監督がヨーロッパで一番高く評価される、賞が取れる最大の理由は何だと思いますか? また、アン・リー監督とホウ・シャオシェン監督については、どう思っていますか?
監督「たしかに、ヨーロッパでは私にとても高い評価をくれますが、マーケット的には、私の市場はとても小さい。アン・リーやホウ・シャオシェン、エドワード・ヤンといった監督たちと比べると、市場はかなり小さくなるでしょう。しかし、映画への資金提供という面では、これまでずっと絶えまなく支援してくれています。これは台湾でもヨーロッパでも同じ状況です。おそらく、私は特殊な映画監督なのでしょう。ヨーロッパの人たちは、それがよくわかっているのだと思います。
私の作品には、彼らが観て感じる、いわゆる異国情緒はありません。これは、ホウ・シャオシェン監督の作品を観て感じるのと違う、私独特のものだと思います。私の作品はごく個人的な映画であるにもかかわらず、ヨーロッパの観客は私の映画を観ながら、自分たちのことのように思い入れを持つことができる。おそらく、同じように感じることができるのです。その辺りが、ホウ・シャオシェン監督やアン・リー監督と大きく違うところだと思います。
ラストの14分間は台湾映画史上に残る長回し!
(c)2013 Homegreen Films & JBA Production
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もともと、ヨーロッパの観客は私のゆっくりしたリズム、長回しをとても好んでくれていました。それがヨーロッパ映画の伝統だったからです。しかし、今はヨーロッパでも状況が変わってきた。かなりアメリカナイズされてきて、アート系のヨーロッパ映画はハリウッドの映画にかなり負けているわけです。アート系の映画は市場で太刀打ちできない状況にあります。でも、私の『ウォーカーズ』のシリーズや『郊遊〜ピクニック〜』での14分の長回しを、ヨーロッパの観客は好んでくれました。ということは、ヨーロッパ映画の伝統に近い、それを守ってくれていると思われているんですね。ヨーロッパで失われつつあるヨーロッパ映画の伝統をとても懐かしんでいるというか、大事にしている。だから、私の映画はヨーロッパで評判がいいのだと思います」
Q:これで監督を引退されるというのはとても残念で、ぜひまた映画を撮っていただきたいのですが、今後の予定、またリー・カンションさんとコラボレーションされる予定はありますか?
監督「特に計画はありません。私はこれまでも、計画というようなものは持たないで創作を続けてきました。わりと受動的なんです。資金が整った時、たまたま撮りたいものがあれば撮ろうということになるのです。この『郊遊〜ピクニック〜』もそうでした。今回、私が引退するということが話題になっていますが、引退するのはあくまでも、映画館で上映するような、ハリウッドの配給システムにのっとった公開方式の作品は撮らないというだけのことなんです。もっと自由に映画創作をやっていきたいので。自由に撮ることと今の配給システムは合わないので、そういうのはやめたいと思ったのです。
そう発言したら、台湾のマスコミがそれをかなり拡大解釈して引退宣言となってしまったようですが、完全に止めるわけではありません。この『郊遊〜ピクニック〜』も映画館での上映ではなく美術館での公開になります。美術館で3ヶ月間、展示上映という形になるので、観客はいつでも美術館に来て、観たい時に観られる。かなり自由に観られる展示になります。将来的には、また機会があれば、もちろんリー・カンションと二人で映画を撮っていきたいと思っています。なんといっても、彼の演技ははだんだんよくなっていますからね(笑)。リー・カンションを撮りたいという思いはいつもあります」
ツァイ・ミンリャン監督(左)とリー・カンションの合作は続く
ということで、監督とリー・カンションによる作品は、これからも観られそうで安心しました。むしろ、ますます自由で多様な作品が誕生するかもしれません。さて、アジクロではこの後に、リー・カンションに単独取材を行いました。シャオカンの素顔に迫る愉快なインタビューとなりましたので、続けてお楽しみください。
(2014年6月19日 シアター・イメージフォーラムにて4媒体合同取材)
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