人間の温かい情や善良さは、
ある種の希望をもたらしてくれる
−ピーター・チャン(陳可辛)
1月16日より日本での公開がスタートした話題作『最愛の子』。児童誘拐という実在の事件をモデルにした社会的テーマ、ヴィッキー・チャオやホアン・ボーといった人気俳優による迫真の熱演と、見どころがたくさん詰まった作品に仕上がっています。本作はもちろん中国本土で大ヒットを記録。児童誘拐という社会問題が大きくクローズアップされ、公開後に法律が改正されたほどの反響を呼びました。
ピーター・チャンといえば、香港を代表する映画監督。ウェルメイドなヒューマンドラマやラブコメディで一躍注目され、近年では映画製作に力を入れながら、監督としても『ウォーロード/男たちの誓い』、『捜査官X』など骨太な時代劇や武侠サスペンスを手がけています。また、中国を舞台に3人の大学生のサクセスストーリーを描いた『アメリカン・ドリーム・イン・チャイナ(中國合夥人)』が大ヒットしたのも記憶に新しいところ。そんな監督が初めて挑んだとも言える社会派作品が『最愛の子』。そこに込められた思いとは、どんなものなのか? 昨年11月、東京フィルメックスでのプレミア上映で来日した監督にインタビューをする機会がありましたので、ご紹介します。
Q:この映画は、産みの親と育ての親の2つの立場から物語が描かれていますが、このような構成にされた理由は?
監督「この映画は事実に基づいているので、出来事の中にすでにこのような関係がありましたが、もともと、産みの親と育ての親を区別して描こうとは思っていませんでした。ただ映画を通して、中国では子どもの誘拐が社会問題になっていることが浮き彫りになった。実は、養母になっている人の多くは、いろいろな事情で子どもを買っているのです。映画の彼女は誘拐犯の妻という立場なので違いますが、こういうことは中国ではとても嫌われています。子どもを買う人たちがいるから、誘拐する人も現れる。こういう問題が連鎖して出てきたわけです。
映画が公開されてからは、いろんな反響を呼びました。大方の意見は『後半は人間性の描写が多過ぎる。伝統的な価値観からすると、こういう人たちは悪い人と決めていいのでは?』というものでした。しかし調べていくと、この事件の彼女にはとても人間らしい、いい母親としての側面もある。映画の中ではその部分を描きました。そこが映画化する上で、私にとって一番面白いところでした。この事件には非常に複雑な絡みがあります。例えば、是枝監督の『そして父になる』にはこのような複雑な背景がないので、育ての親、産みの親の関係をとても純粋に描くことができます。とてもピュアにある次元に達しています。でもこの映画では、似たような部分もありますが、純粋に産みの親、育ての親の関係を描くことはできませんでした。
コミカルな演技が持ち味のホアン・ボーが息子を捜す父親を熱演
(c)2014 We Pictures Ltd.
私自身、親子の情や血縁には大変関心を持っています。娘がちょうど9歳なのですが、生まれる前はずっと養子を迎えようと思っていました。子どもが生まれ、大きくなっていく過程でも、もう一人養子を迎えようと思っていました。二人とも公平に扱う自信があったのです。ところが、育てていくうちに段々自信がなくなりました。絶対的な公平ってないんですよね。絶対的な公平は、ひょっとしたら不公平かもしれない。そう考えるようになりました。私たち人間は暮らしの中でいろんな出来事に遭遇し、悩みます。人生に対する考え方や自分がくだした決定に対して、これでよかったのかなと疑います。映画製作で一番面白いのは、そういったことを映画を通して探究すること。物語を通して表現するのが、映画人としては醍醐味ですね」
Q:子どもの物語でありながら、地方と中央、中央の中でも経済的な格差の問題が描かれていますが、意識的なものですか?
監督「この物語は実在の事件なので、もともとそういう環境がありました。私が最初にこの事件に興味を持ったのは、展開が非常にドラマチックだったことです。特に後半、男の子を見つけた時に、なんともう一人の女の子がいたということに大変惹かれました。中国では改革開放が進められて経済が発展し、国としては一人っ子政策があり、伝統的で封建的な価値観、例えば男尊女卑があったりします。私は香港人なので、そういった部分は詳しく理解できないし、よくわからないことがあります。
準備段階でリサーチをする時、幸い優秀なパートナーがいました。彼は中国大陸の脚本家なので、中国のことはとてもよく知っているし、むしろ僕にいろいろ勉強させてくれました。リサーチの段階で、いろんな問題が複雑に絡んでいることを発見し、それで理解することができました。もちろん、映画で描く時にディテールは創作や脚色をしていますが、ご質問の要素(経済的な格差)については、もともと事件の背景になっているので、あえてそれを描いたわけではありません」
Q:香港が中国に返還されて以来、監督の中国に対する怒りのような感情が散りばめられている気がします。たとえば「中国では相手の身になって考えることが少ないのが問題だ」というセリフとか。中国についてどういう風に思われているか、教えて下さい。
監督「香港人にとって、以前はあまり中国の問題に直面することがありませんでした。遠い存在なんですね。近いけれども、いつも閉ざされているので。私たちが撮った香港映画が中国に影響されることもないし、中国に対する関心といえば、移民が国境を越えて香港にやってきて、何年か住んでまた移民したり、あるいは香港にずっと住んで同化されていく。ある意味、中国は中国で、なんの脅威でもなかったのです。例えば『ラブソング』という映画の中でも、ああいう風に描いています。
ところが今は、香港も中国に返還されて中国の一部になりました。私や私の友人の多くも中国で仕事をしています。そうすると、皆、今の中国に直面せざるを得ないのです。香港だけでなく、台湾や日本、韓国と、いろんな人々が中国と接しています。ここ2、3日、私もこの周辺の街をブラブラしてみましたが、あちこちから中国語が聞こえるんですよね。イギリスのロンドンに行っても、中国人が溢れてて、中国語が聞こえてきて…それはそれで、一つの現象なんですね。(次頁へ続く)
続きを読む P1 > P2 ▼作品紹介
|