今は監督業が好き。
これは僕の任務、ミッション
なんです。
ー ニウ・チェンザー(鈕承澤)
5月26日よりユーロスペース(渋谷)ほか、全国で順次公開中の『軍中楽園』。複雑な歴史背景を持つ台湾では、日本統治後、中華民国の国民党が政府を樹立。その後に中国大陸で誕生した中華人民共和国と対立していた時代がありました。当時、中国大陸に最も近かった最前線が、映画の舞台となった金門島。1958年には47万発もの砲弾が撃ち込まれ、この砲撃戦は1970年まで続いたそうです。そんな緊張していた時代の1969年、台湾から最前線に配属された若い兵士と、彼が勤務することになる実在した「特約茶室」831部隊での男女の出会いと運命を描いています。
台湾では公然の秘密とされていた、通称「軍中楽園」と呼ばれる「特約茶室」831部隊。このタブーに切り込み、大陸から渡ってきた父親世代の苦難を描いたのが『モンガに散る』のニウ・チェンザー(鈕承澤)監督。入念なリサーチと巨匠ホウ・シャオシェン監督による編集協力のもとで完成した本作は、ベルリン国際映画祭や釜山国際映画祭でも上映され、第51回の台湾金馬奨では見事、助演男優賞(チェン・ジェンビン)と助演女優賞(レジーナ・ワン)を受賞しています。
日本での公開前の3月下旬、ちょうど桜が満開の頃に、ニウ・チェンザー監督が来日。単独インタビューをすることができました。気持ち良く晴れた午後、屋上テラスの一角に椅子とテーブルが用意され、シャンパンとオードブルを前にしての取材。少しお酒も入ってリラックスした監督から、さまざまなお話を聞くことができました。9歳で子役デビューし、ずっと俳優として活躍してきたニウ・チェンザー監督。長編映画は本作が4作目ということで、今回は映画監督としてのニウ・チェンザーに注目して質問してみました。
映画撮影のスタイルについて
Q:この作品では出演者の方々がそれぞれの役柄をうまく捉えて演じておられました。主演のイーサン・ルアン(阮經天)さんはいつもと違い、ちょっと弱々しい役柄でしたが、演じる上でなにか気をつける点など指示はあったのですか?
監督「イーサンとはずっと前から一緒に仕事をしているので、僕のことをとても信頼してくれています。今回で4度目の作品になりますが、今までも役作りについてはいろいろと一緒に取り組んできました。今後のことはわかりませんが、これまでの僕のやり方でいうと、まず、この役についてはここまではやって欲しいと伝えます。そこにたどり着くまで、僕は根気よく終点のところで待っています。これは多分、自分自身も役者をしていたからかもしれません。監督としてモニターの裏側に座って、ただ冷たく指示を出すというのではなくて、彼らに快適な空間を与えたい。そして一緒にこの役柄に入っていく。そういうやり方です。
ニウ・チェンザー監督作品すべてに出演しているイーサン・ルアン
(c)2014 Honto Production Huayi Brothers Media Litd. Oriental Digital Entertainment Co., Ltd. 1 Production Film Co. CatchPlay, Inc. Abico Film Co., Ltd.
イーサンに限らず、全員に対してもそういうやり方ですね。役者だけでなく、いろんな部門のスタッフとのやり方も同じです。基本的にはチームワークですから、僕としては、例えば美術監督に『僕はあなたの助監督ですよ』と言うんです。カメラマンにも『あなたの助監督ですよ』と言うし、音楽の担当者には『あなたのアシスタントだ』と言っています。チームだから、皆と同じようにやりたい。基本的にはそういうやり方をしています」
Q:助監督はトム・リン(林書宇)さんでしたね?
監督「彼は『モンガに散る』の時も助監督をしてくれました。彼とはかなり親しいので、彼が映画を撮る時は僕が手伝いに行くし、彼の『百日告別』の時は僕が一部編集を手伝いました。お互いに助け合っています。まあ、僕の弟みたいなもんですね(笑)」
Q:監督は今回は映画に出ていらっしゃいましたか?
監督「いいえ。いなかったでしょ?」
Q:見つかりませんでした(笑)
監督「これは僕が出ていない最初の映画(笑)。とても、気が楽です(笑)。役者魂みたいなものは持っているので、ついつい自分が出てみたいというのはあるんですが、正直、役者と監督を同時にやるのはしんどい。『モンガに散る』の時は役者が見つからなかったので僕が出たんですが、この映画では監督に専念したいと思いました。カメラの前後を行ったり来たりするのは忙しいですから(笑)。今回は他にもすごくいい役者に恵まれたし、中国のチェン・ジェンビン(陳建斌)とは一緒に仕事ができて、ほんとうにいい経験でしたね。ラッキーでした」
主人公の上官を演じたチェン・ジェンビン(左)は本作で多数の助演男優賞を受賞
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金門島にある不思議な風景
Q:皆で海へ遊びに行くシーンがありますが、ニーニーの後ろに、砂に刺さっているたくさんの鉄杭のようなものがあります。あれは何ですか?
監督「あれはすごく面白いんです。『鬼避け』という装置です。当時は、中国と対峙していたので、いつか中国から上陸してくるかもしれない。そこで、海中に鉄の杭を建てて上陸できないようにしたんです。でも、実際に戦争は起こらなかった。時間が経つにつれて海水に侵食され、だんだん錆びて、貝が生息するようになりました。そこで、戦争が終わると、島民たちがそこで貝を採るようになりました。なんだか不思議な感じです。もともとは戦争に関わる1つの装置だったのに、時間が経つにつれて、庶民の生活の場に変わっていったのです。こういった場面からは、生命力を感じますね。ほんとうに不思議に思います。ここは本来だったら、爆弾が落とされたり、戦争の場じゃないですか。でも、ここに新しい生命体が生息するようになり、またその場も別の生命体の生活の場になっていく。すごく不思議です。すごい生命力ですね。
軍中楽園で働く女性たちは定期的に外出。美容院や買い物、浜遊びなどを楽しむ。
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海辺だけではありません。映画に出てきますが、畑の中にコンクリートの柱が建っていて、一番上のてっぺんには鉄でできた鷹の爪みたいなのが設置されています。何のためかというと、空中から兵士が降りてくるのを防ぐためなんです。他にもあります。ホワシンとシャシャが逃げる時、すごく湿ったトンネルを通って海辺にたどり着くんですが、あの山の大きな洞窟。当時の人々はここに大きなトンネルを掘って、洞窟から海へ逃げていくことができたわけです。今考えると、とんでもない話です。なんて馬鹿げたことをやったのでしょう。でも、実際にこのトンネルも人間が1つ1つ切り開いたものなんです。聞いた話では、あの当時、トンネルを掘るには日本軍の専門家もいて、アドバイスをもらってやったそうです。それだけの労力と財力を使ったのに、何の役にも立たなかった。これを考えただけでも、これって何なんだ!?と。ほんとうに、とんでもない時代だったんです」
「軍中楽園」と呼ばれた「特約茶室」は記念館もあり、忠実に再現されている
(c)2014 Honto Production Huayi Brothers Media Litd. Oriental Digital Entertainment Co., Ltd. 1 Production Film Co. CatchPlay, Inc. Abico Film Co., Ltd.
Q:当時のものは、全部残っているのですか?
監督「ええ。今は観光スポットになっています。まったく、1度も使われることがなかったんですよ。だから、今回の映画は何を描いたかというと、わかりやすく言えば、こんな美しい風光明媚な島に、起こらなかった戦争のためにある人たちが監禁されたという話なんです。狂ってるよね」(続きを読む)
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