2019年12月3日 新宿武蔵野館
2月1日より新宿武蔵野館で公開がスタートした『淪落の人』。昨年3月の大阪アジアン映画祭で観客賞を受賞しており、その後、4月から香港で一般公開。そして、アジアンフィルムアワードや香港電影金像奨をはじめとする多数の映画賞でたくさんの賞に輝く快進撃を遂げ、めでたく日本公開となりました。
この公開を記念して、主演のアンソニー・ウォン(黄秋生)が12月に来日。舞台挨拶付きのプレミア試写会が12月3日に開催されましたので、その様子をご紹介します。司会はアジア映画や香港映画の解説でお馴染みの江戸木純さん、通訳はサミュエル周さんです。
10月の東京国際映画祭でアーロン・クォック(郭富城)とミリアム・ヨン(楊千[女華])がゲスト来日したとはいえ、香港映画界の大スターがプロモーションで来日するのはほんとうに久しぶり。瞬息で売り切れたという試写会は、香港映画を愛するファンの皆さんで満席でした。大きな拍手で迎えられて登場すると、笑顔で「コンバンハ。ゲンキデスカ?(笑)」
日本語でのご挨拶。これまでにも『頭文字D THE MOVIE』や『エグザイル/絆』で来日してくれていますが、今回は主役。しかも、これまでに演じたことのない役柄です。新人監督オリヴァー・チャン(陳小娟)の監督デビュー作であり、ノーギャラで出演するなど様々な面で本作を応援しているアンソニー・ウォン。舞台挨拶でもたくさんのことを語ってくれました。
久しぶりの日本ですね?
アンソニー「確かに、映画のプロモーションでは久しぶりです。その間にも日本には来てまして、京都と静岡でコマーシャルの撮影をしていました。日本茶のコマーシャルです。どのブランドかは教えません(笑)。皆が買いまくって高くなっちゃうからね(笑)」
アンソニーさんは脚本を読んで、ぜひ出演したい、映画にしなくてはいけないということで、ノーギャラで出演されたそうですが、この映画の企画の素晴らしいところはどこだったのでしょう?
アンソニー「実はこの監督はまったく知らない人でした。出演依頼があって、初対面で会いましたが、僕も凄く気になるわけです。脚本の話をいろいろしてくれて、とてもいい人だな、とても誠意のある人だなと思えた。これがよかったんです。人を騙すような人じゃないということで、第1条件としては、これで十分でした。
2番目の条件ですが、ポスターをご覧になるとわかるようにこういう役柄(車椅子の人)なんですね。今までの商業的な香港映画では、こういう役柄はあまり観たことがなかった。非常に珍しいです。これって、特別じゃないですか。僕は特別なことが好きなんで、これはいいぞ!と思ったんです。
もう1つは、なんとフィリピンの女優さんが主役を演じるんですね。これも、今までの香港映画ではなかったこと。むしろ、今までの香港映画には、フィリピンの女優さんがもっと登場すべきだったと思いますね。物語も良かったので引き受けました。
この映画は低予算で、香港政府の助成金を受けて作っていました。じゃあ、俺のギャラはどうなる? 払ってもらえるのかな? 少しだけ払ってもらうのも嫌だし、自分のギャラがどのくらいかバレてしまうんで、いっそのことノーギャラでいいよと言ったんです。そうしたら、プロデューサーが、『じゃあ、そうしましょう。この映画が売れたら利益を分けましょう』と。『よし、それでいきましょう』ということになりました。
映画が公開されて、わりと人気も出て、日本でも公開されることになったので、凄く期待しています。でも、正直なところ、今現在はまだ一銭も分け前はもらっておりません(笑)」
日本でヒットして、ぜひ印税というか分け前が貰えるといいですね(笑)
アンソニー「この映画をロングランで1年間、日本で上映してください。香港で上映した時は、宣伝費がなかったので、私たちが皆映画館に駆けつけてお客さんに言ったんです。『皆さん、映画を観てもし良かったら、2人に紹介して映画館に連れてきてください。その2人がまた良かったら、また2人連れてきてね』と。なんかネズミ講みたいですが、そういう風にお願いしました。この場を借りて、皆さんにお礼を言います。アリガトウゴザイマス」(拍手)
と、ヒット祈願に気合いを入れるアンソニー。とはいえ、これまで様々な役柄を演じてきたアンソニー・ウォンにとって、これほど動きを抑制された役柄は初めてのこと。演じるのも大変だったことでしょう。
全編を通じて車椅子の役柄で、初めてだと思いますが、苦労話はありますか?
アンソニー「座って演じるので、すごく大変でした。実はこの車椅子、壊れてるんです(笑)。僕自身は別に身体が不自由ではないので、初めて車椅子に座って操作するわけだけど、慣れてないんですね。身体が動けない設定なので、操作すると椅子が言うことを聞いてくれなくて、思わず身体が動いてしまう。そこがちょっとまずかったな。椅子をちょっと押すだけで、フェラーリのようにビューンと走ってしまって、壁にぶつかりました。そうすると、つい足を出して止めたりして。だから、演技をしようとすると、いつも手足が動いてしまって、そこが難しかったです」
共演のクリセル・コンサンジさんは、映画初主演ですが、アンソニーさんから何かアドバイスはされましたか?
アンソニー「彼女はとても素晴らしいです。初めての映画出演ですが、実は8歳の時にすでに舞台劇に出演していました。彼女の歌声は本当に素晴らしくて、以前、香港ディズニーランドで白雪姫をやっていたんですよ。まあ、もう少しお化粧していた方が良かったかもしれないけど(笑)。映画についてはとても飲み込みが早かった。彼女は香港の演技学校のクラスで先生をやっていて、子供たちに演技を教えながら英語も教えていました。実は実家はフィリピンでも有名なお金持ちで、いわゆる大家族です。もちろん、彼女自身もお金持ちです(笑)。お金持ちなのに、フィリピンメイドの役を見事に演じ切ったわけです。実際、彼女の演技は僕よりはるかに素晴らしかったですよ」
No Ceiling Film Production Limited (c) 2018
と、相手役となった新人女優のクリセル・コンサンジを大絶賛。実際、映画初出演とは思えない自然体の演技で、この香港の重鎮を相手に堂々と演じています。数々の新人賞に輝いているのも納得。さて、質問は皆が気になっている今の香港情勢についても及びました。
香港映画が好きな皆さんは気になっていると思いますが、デモのことなど、アンソニーさんは今の香港の現状をどのように考えておられますか?
アンソニー「しばらく、皆さんは香港へ行くのを控えた方がいいと思います。警察はほんとうにクレイジーになってしまいました。やはり、香港の未来、将来は香港自身が努力して勝ち取っていくしかないでしょう。香港の今の若い人たちの勇気と見識には、本当に敬服しています。若者たちがこんなに頑張るとは、思ってもいませんでした。もちろん、若い人だけでなく、中年の人たちや、香港のいろんな階層、階級の人たちも皆出てきています。今までになかったことで、香港人としてほんとうに誇り高く思っています。
日本の皆さんにも感謝したいです。今香港で歌われている「グローリー香港」。歌の歌詞を日本語に訳した日本語版の歌を聴いたことがありますが、すごくいい歌で日本語の訳も素晴らしかったです。ずっと今まで、多分、日本と香港はお互いの文化を好きで、交流も盛んでした。したがって、これからも皆お互いに、自分たちの未来のために頑張っていきたいと思います」
やはり、香港映画界の大スター。年末のテレビ局のニュース番組でも、この件についてインタビューを受けていた姿が放送されましたね。まだまだ先の見えない状況では、エールを送ることしかできませんが、香港の未来は若者たちのもの。彼らと一緒になって、皆が頑張るしかないのでしょう。この件については、この後でアップ予定の香港出身のスカッド監督のインタビューでも興味深いお話が聞けましたので、また別途ご紹介いたします。
さて、舞台挨拶もそろそろ終了ということで、花束が贈呈されました。
アンソニー「ほんとうにうれしいです。実は昨日、日本に来た時も花束をもらいました。今日ももらえるし、毎日花束があるのはいいことですね。うれしいです」
続いてフォトセッションとなり、観客の皆さんとの記念撮影で舞台挨拶は終了しました。
この映画のタイトル『淪落の人』(原題『淪落人』)は唐代の詩人、白居易の「琵琶行」の一節が原典となっています。「淪落」とは「落ちぶれる」という意味なのですが、突然の事故で半身不随になり、家族と別れて車椅子での生活を余儀なくされた男と、高学歴で有能であるにもかかわらず、経済的なトラブルから外国で家政婦をしなければならなくなった若い女性、このある意味「人生どん底」の二人が出会ったことで、その縁を大切にした結果、二人に新たな未来が開けるという展開になっています。どんな人にも夢を見る権利はあるし、努力すれば新たな未来が開ける、という前向きなメッセージの本作、ぜひ劇場でご堪能ください。
▼作品紹介
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