「四海」を駆け巡るジョン・ウー映画
『キル・ビル』で、香港アクション映画や日本のやくざ映画への傾倒ぶりを心ゆくまで吐露してみせた「映画オタク」タランティーノだが、彼が敬愛する監督のひとりジョン・ウー(呉宇森)はその分野でも大先輩である。
先ごろ、新作『ペイチェック』を引っさげて来日会見した折も、生存競争の激しいハリウッド業界で仕事をする厳しさを漂わせてはいたものの、かつて好きだった日本映画の話題に及ぶと様子は一変し、いつもの如く、高倉健が主演した東映の『ならず者』(石井輝男監督)に言及し、女優では司葉子がノーブルでとても好きだと語る。その瞬間、百戦練磨の映画の作り手ではなく、ファンの顔そのものになってしまう。そんな様子を見守る記者や私たちは、思わずにやにやしながら、彼の人柄に手もなく魅せられてしまうのだ。
映画監督になる前の呉宇森の映画青年ぶりを知る香港有数の映画批評家、ロー・カー(羅卞)の証言は実に興味深い(キネマ旬報・フィルムメーカーズ・シリーズ『ジョン・ウー』)。呉宇森は大好きな映画の題名を自分の作品に借用しているのだが、その関係図を次にまとめておこう。
呉宇森の好んだ 外国映画の原題(邦題) |
香港公開時の中文題 |
それに由来する 呉宇森映画(邦題) |
『ならず者』(1964/日) 主演:高倉健 |
『雙雄喋血記』 |
『喋血雙雄』 (狼・男たちの挽歌最終章) |
『泥棒を消せ』 (1965/米) 主演:アラン・ドロン |
『喋血街頭』 |
『喋血街頭』 (ワイルド・ブリット) |
『冒険者たち』 (1967/仏) 主演:リノ・バンチュラ |
『縦横四海』 |
『縦横四海』 (狼たちの絆) |
先に触れたように、『ならず者』は60年代東映ギャング映画の一本として、香港、マカオでロケした典型的な早撮り、低予算のプログラム・ピクチュアで、日本では一部のファン以外は忘れられた映画かもしれない。しかし、この作品に魅せられ、黒沢映画に劣らぬ影響を受けたと語る香港の映画人は呉宇森はじめ少なくない。
アラン・ドロンは60年代、日本でも香港でもかなりの人気があったが、今でも高い評価を得ている『冒険者たち』に対して、『泥棒を消せ』が登場するのはやや意外な感もある。ところがこの作品、さまざまな因縁をもっているのだ。まずこれを翻案したのが『英雄本色』、といっても邦題『男たちの挽歌』の方ではなく、今ではニコラス・ツェー(謝霆鋒)のパパとして有名なパトリック・ツェー(謝賢)主演の元の作品。呉宇森はこれをさらにリメイクしたわけである。
さらに『泥棒を消せ』の原題『Once A Thief』は『狼たちの絆』の英文タイトルとしても使われている。『ワイルド・ブリット』に登場するサイモン・ヤム(任達華)のベトナムの家には、カトリーヌ・ドヌーブのポスターが飾られ、彼自身にもアラン・ドロンの面影が重ねられている。また『狼』のストイックな殺し屋チョウ・ユンファにも『サムライ』に主演したドロンのイメージが被っている。
ジャン・ピエール・メルヴィルが監督した「フレンチ・フィルム・ノワール」の代表作『サムライ』の冒頭には、映画題名の由来として、こんな一句がクレジットされる。「ジャングルの中の1頭の虎に似て、侍の孤独ほど深く寂しいものはない」<武士道> 当時、これを見た人は、てっきり新渡戸稲造の『武士道』(トム・クルーズ主演の『ラスト・サムライ』で最近再び脚光を浴びていますね)の一節かと思ったそうだが、実は監督の創作で、日本人の多くもまんまとダマされたらしい。
それから、『狼たちの絆』のチョウ・ユンファ、レスリー・チャン、チェリー・チェン(鍾楚紅)の、男二人に女一人という組み合わせは、いうまでもなく『冒険者たち』やトリュフォー監督の『突然炎のごとく』、そしてポール・ニューマンとロバート・レッドフォード主演の『明日に向かって撃て!』でおなじみの、古典的な「恋愛の三角形」である。
とまあ、こんな調子で語っていくと紙数がいくらあっても足りないので、この辺りでとどめるけれども、ここで言いたいのは、言い古されたことながら、映画とは、かくも楽々と越境してしまうということなのである。リメイク、オマージュ、パロディ、パクリ…いかなる形にせよ、人があるフィルムに魅せられたら、国境や文化の違いなどものともせずに、フィルムは縦横無尽に装いを変え、姿を変えて、「四海」をあるいは「七つの海」を楽々と伝播していく。もはやオリジナルとかリメイクなどという区別も意味をなさないほどに。呉宇森の映画を見るたび、私たちは、それぞれの映画体験における幸福な出会いを反芻することになるのである。
(2004年4月4日)
text by イェン●プロフィール
映画史研究を専門とする。香港・台湾電影と中華ポップスを愛好。目下、アメリカで出版された香港映画研究書の翻訳に悪戦苦闘中。
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