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asicro column

更新日:2007.2.5

電影つれづれ草
古装武侠映画の変遷

 先のカンヌ映画祭では、コンペに出品された作品以外にも、見本市に出されて国際市場を狙う中国圏のいくつかの話題作があった。

 最近ヒットに恵まれないツイ・ハークが、得意の武侠映画で勝負に出た『七剣』。出演は黎明、楊采[女尼]、孫紅雷。陳凱歌が、チャン・ドンゴン、真田広之、謝霆鋒、張栢芝、劉[火華]という豪華な顔ぶれで撮った歴史大作『無極』(邦題『プロミス』)。コンペティション部門の正式出品作に選ばれたジョニー・トウの『黒社会』。出演は梁家輝、古天樂、任達華ほか、おなじみのジョニー・トウ組の面々。ジャッキー・チェンがスタンリー・トン監督と組んで、現代の考古学者と秦の時代の将軍を演じるという『神話』。

 さらに、ピーター・チャンが満を持してメガホンを取るミュージカル映画『如果…愛』も、現在撮影中だが、プレ・セールとして出ていた。金城武、周迅、張學友に加え、『大長今』(邦題『宮廷女官・チャングムの誓い』)で一躍香港での人気が高まった韓国のチ・ジニが加わり、一段と期待度がアップしている。

 この中で、『七剣』『無極』『神話』と時代劇の大作が並ぶのは、『グリーン・デスティニー』に始まり、『HERO』『LOVERS』と続いた大作古装武侠映画の流れが、いまだに続いているような感じがする。

 武侠映画とカンフー(功夫)映画は、英語圏では「マーシャル・アーツ・フィルム」とひとくくりにされて同じジャンルに扱われているが、厳密には別ものだろう。ではどう違うのか?と問われてしまうと、一瞬言葉に詰まる。

 誰でもわかるのは、武侠映画は刀剣を使ったアクションが主体で、功夫映画は原則として身体の技が見所になるということ。それから、時代設定も違う。功夫映画は清朝末期から中華民国期あたりに集中するのに対し、武侠映画の場合、それこそ秦の始皇帝時代から明、清くらいまで、長い時代にわたっている。

 こういう話になると、ひどくこだわりを持つ方々が少なくないので、急いでつけ加えれば、もちろん、これにあてはまらない映画は多々存在するので、大雑把な区別ということでご了解あれ。

 ところが、さらに古装片という名称があるので、話がややこしくなる。衣装でジャンルを区別する場合は、清朝以前はすべて古装片(片はフィルムの意味)、現代劇は時装片という具合だ。このあたりは、時代劇、現代劇というくらいの区別と考えておけばいいのかもしれない。

 武侠片は、キン・フー(胡金銓)、チャン・ツェ(張徹)といった60〜70年代のショウ・ブラザーズ全盛期の監督たちが次々と名作を生み出した後、ブルース・リーの登場で功夫映画に王座をあけ渡した。けれども80年代末から90年代はじめ、プロデューサーのツイ・ハーク、監督チン・シウトンのコンビによる『チャイニーズ・ゴースト・ストーリー』と『スウォーズ・マン』シリーズの大ヒットで、装いも新たな古装片の黄金時代が到来した。

 キン・フーは女侠(女性の剣客)を好んで登場させたが、ロマンスの要素は割合希薄で、チャン・ツェにいたっては、男同士の濃厚な絆が主で、女性は添え物でしかなかった。ツイ・ハーク&チン・シウトンは、ジョイ・ウォンやブリジット・リン演じる、魅力的なヒロイン、ないし両性具有的なキャラクターを造型し、殺伐とした武侠片を艶やかなロマンスとファンタジーの世界に塗り替えたのだ。しかし、この流れも、香港映画の悪い癖である、柳の下のどじょう狙いの亜流作品の氾濫で、観客に飽きられてしまう。

 2000年になって、台湾のアン・リー(李安)監督が、忘れられかけていた武侠小説を原作にした『グリーン・デスティニー』を発表。これが欧米諸国で大ヒットするや、続いて張藝謀が、欧米マーケットを意識した大作古装武侠片の製作に参入した。

 このような近年の大型武侠片の隆盛は、目覚ましい経済発展を背景にした中国のナショナリズムの昂揚と大いに関係があるのではないかと思っている。欧米や日本の観客の視線を意識した時に、中国の誇るべき伝統や文化の精華としての古装武侠映画の存在が、中国の映画人や観客にもまた、大きくクローズアップされたのではないだろうか。ナショナリズムとは、「外国人」という他者の存在があって初めて強く意識されるものなのだ。

 それゆえ、李安や張藝謀の古装武侠大作が海外で熱狂的に迎えられ、評価も高いのと対照的に、中国本土のナショナリズムとは絶えず一定の距離を置いているかのように見える香港においては、いささか冷ややかに受け取られていたのも何となく納得できる。また、海外マーケット重視の姿勢は、自らオリエンタリズムに堕しているとの批判も招くことになる。

 かつて『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・チャイナ』シリーズで、中国人のナショナリズムを巧みに盛りこんだツイ・ハークが、今度の『七剣』でどのような武侠片を見せてくれるのか、また、かつて『覇王別姫』を発表したときに、欧米の観客に中国のエキゾティシズムを売り物にしたといって批判されたことのある陳凱歌が『無極』をどのように描いているのか、興味は尽きない。

(2005年5月30日)

text by イェン●プロフィール
大学で西洋の映画の講義などをするが、近頃では、東アジア映画(日本映画も含む)しか受け付けないような体質(?)になり、困っている。韓流にはハマっていない、と言いつつドラマ『大長今』(チャングムの誓い)に熱中。中国ドラマ『射[周鳥]英雄傳』も毎回楽しみで、目下ドラマ漬けの日々。

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●筆者関連本情報:
『男たちの絆、アジア映画
 ホモソーシャルな欲望』
(四方田犬彦・斎藤綾子共編)
 4月刊行 平凡社/2525円

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