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asicro column

更新日:2007.2.5

電影つれづれ草
香港インディーズへの期待
―東京国際映画祭「アジアの風」に寄せて

 今年で17回目を迎える東京国際映画祭が、10月23日より開催される。

 アジアを代表する映画祭にしたいという主催者の意向の割には、これまで質量ともに先輩格の香港国際映画祭には及ばなかったし、後発の釜山国際映画祭にも大きく水をあけられていた感は否めなかった。マスコミ向けに、日本で公開が決まっている特別招待作品と、ハリウッドからやってくる華やかなゲストの話題ばかりが先行して、一般公開されそうもない、映画祭ならではのラインナップの充実を求めていた観客の期待にはあまり応えてくれなかったのだ。

 しかし昨年から、部門ごとに専門のプログラミング・ディレクターが作品選定を行う体制が整い、変革の兆しを感じることはできた。この変化は今年、「アジアの風」部門での上映本数の大幅増として顕著に現れた。その結果、映画祭全体におけるアジア映画の充実ぶりがきわだってきたといえるだろう。さらに個人的にうれしいのは、今年は香港映画の注目作がかなり目立つということだ。

 思えば4年前には、東京国際映画祭の協賛企画として、香港観光協会(当時)などが主催した「香港映画祭」が開催された。その公式セレモニーには、『花様年華』をひっさげたウォン・カーウァイ監督、トニー・レオン、マギー・チャンらが舞台挨拶に立ち、『恋戦。OKINAWA Rendez-vous』の上映でレスリー・チャンが壇上に登場するや、会場が熱気に包まれるなど、華やかな話題にはこと欠かなかった。

 しかし、アン・ホイの『千言萬語』やジョニー・トウの『ザ・ミッション非情の掟』など、ベテラン監督たちは健在ぶりを示したけれども、中堅・若手監督の新作には、それを凌駕するような勢いは感じられず、新鮮味にも乏しい作品が目立った。心あるファンは、香港映画の行く末に大きな不安を感じずにはいられなかったのである。

 その予感は残念ながら的中し、日の出の勢いの韓国映画に対して、日本市場においては、めっきり存在感が薄くなってしまった香港映画だが、今年は待ちに待った『2046』が開幕イブに上映されることが決まり、特別招待作品にはチャウ・シンチー監督・主演の『カンフー・ハッスル』も、満を持して登場する。「アジアの風」でも、香港映画の本数は際立っている。ただし、以前の「香港映画祭」の時と明らかに違っているのは、上映作品の多くが、馴染み深い商業映画の監督たちの作品ではないということだ。

 「香港新人類〜パン・ホーチョン監督」と銘打たれた特別枠が設けられ、初期短編を含む5作品が一挙に上映されるエドモンド・パン(彭浩翔)を筆頭に、女性監督ヤンヤン・マク(麥婉欣)の『胡蝶』や、今年の夏に香港で開催された亞洲電影節の開幕作品になった、アダム・ウォン(黄修平)の『ベッカム、オーウェンと出会う』、そして子ブタのマクダルを主人公に、質の高いアニメ作品を世に送り出したトー・ユエン(袁建滔)の第二作『マクダル パイナップルパン王子』などの意欲作がラインナップされている。

 またケネス・ビィ(畢國智)監督の『ライス・ラプソディー』が、コンペティション部門に登場するのにも注目したい。ケネス・ビィは2000年の TOKYO FILMeX 映画祭において監督デビュー作『スモール・ミラクル』が上映されたが、それ以前はフルーツ・チャン監督の『花火降る夏』の音楽担当として知られていた人である。

 「アジアの風」のプログラミング・ディレクターである暉峻創三氏は、香港映画の衰退の主な原因を、映画界がベテラン監督の量産体制にどっぷりと漬かり、新人監督の育成をおざなりにしてきた点に見ている(雑誌『Invitation』2004年9月号参照)。暉峻氏も指摘するように、その危機的状況を打開する手を真っ先に打ったのが、「インファナル・アフェア」シリーズなどの出演で知られる、香港芸能界の重鎮エリック・ツァン(曾志偉)である。

 彼は、インディーズの若い監督たちに目を向け、その一人、ウォン・ジンポー(黄精甫)の独立作品『福伯』に出資した。その後、アンディ・ラウとジャッキー・チョンという2大スター久々の顔合わせで話題になった、大作『江湖』の監督にも抜擢した。ウォン・ジンポーが香港の新聞『成報』紙上で語ったところによると、エリックは7名ほどのインディーズ系監督たちと面談したことがあり、その席で自作のビデオ作品を渡したところ、エリックが関心を持ってくれて、チャンスが与えられたのだという。(今回の映画祭では、残念ながら彼の作品の上映はない。)

 エリック・ツァンが次に世に送り出した若手監督が、アダム・ウォン(黄修平)である。彼は、SARSに見舞われた香港市民を鼓舞するために、映画人が結集して作った『1:99 電影行動』のメイキング編を監督しているので、名前を記憶している人もいるかもしれない。テレビのインタビューで、『ベッカム…』製作のきっかけを、アダムは次のようにコメントしている。

 「当初はふたりの男の子のシンプルな友情物語で、20数分の物語のはずだった。しかし曾志偉と知り合い、我々インディーズの映画人を支援してくれることになった。おかげで、資金がなかったため短編を構想していたこの作品も、長編として製作できるようになった」。また、中学1年生の二人が、いかに自分の役柄を深く理解していたかについても賞賛を惜しまない。

 プロの俳優である共演者たちも、商業映画では決して取り上げられないような題材が描かれることの意義や、子役やインディーズ系映画人とのコラボレーションが生み出す化学作用のおもしろさを語っている。また、『ベッカム…』ではエリックや黄精甫がサッカーファンとしてカメオ出演しており、曾志偉を軸にしたつながりを垣間見ることができる。

 今回、映画祭で大きくクローズアップされることになったパン・ホーチョンは、日本では先ごろ公開されたアンディ・ラウと反町隆史共演の『フルタイム・キラー』の原作者として知られるが、小説家、脚本家、映画監督というマルチの才能に恵まれたクリエイターである。

 上映される『ユー・シュート, アイ・シュート』(買兇拍人)で、第7回香港電影金紫荊奨(2002年)の最優秀脚本奨を受賞し、『大丈夫』で、第23回香港電影金像奨(2004年)の最優秀新人監督奨を受賞した如く、香港映画界期待の星でもある。新作『ビヨンド・アワ・ケン』(公主復仇記)は、現時点ではまだ完成しておらず、映画祭上映のスケジュールに間に合うのかどうか、関係者の気をもませている。そんな点も王家衛を彷彿とさせる大物ぶりが窺えるのかもしれない。

 ヤンヤン・マクについては、香港芸術発展局の助成で撮ったビデオ作品『哥哥』が2001年の香港国際映画祭で上映され、今度、東京で上映される『胡蝶』は今年のベネチア映画祭に出品されたということくらいしか知らないが、男性中心の題材が断然多い香港映画にあって、女性同士のセクシュアリティを描いた『胡蝶』の登場には多いに期待したい。

 今年の映画祭は、会場が六本木と渋谷の2カ所になり、しかも「アジアの風」部門は小規模会場での上映が多いので、チケット獲得競争は例年以上に熾烈だったようだ。発売初日特有の焦燥感も一段落した今、多くの新しい才能との出会いが待つ映画祭の開幕を、心待ちにすることにしよう。

(2004年10月13日)

text by イェン●プロフィール
映画史研究を専門とする。香港・台湾電影と中華ポップスを愛好。目下、アメリカで出版された香港映画研究書の翻訳に悪戦苦闘中。

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●筆者関連本情報:
『男たちの絆、アジア映画
 ホモソーシャルな欲望』
(四方田犬彦・斎藤綾子共編)
 4月刊行 平凡社/2525円

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