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asicro column

更新日:2007.2.5

電影つれづれ草
男たちの聖域

 夜半、降りしきる雨の中を男はひとりで修羅場に赴こうとする。去来するさまざまな思いを胸に秘めながら。その彼にすっと傘をさしかける友。まなざしが交錯し、微笑を浮かべただけで、自分の命を相手に預けたことを伝え合ったふたりは、共に死地へと踏み出していく…。

 ゴールデン・ウィークに香港で、アンディ・ラウ(劉徳華)とジャッキー・チョン(張學友)主演の話題作『江湖』を見た。これはそのクライマックスシーン。この場面を見た瞬間に連想したのは、日本のやくざ映画『昭和残侠伝』(1965年)だ。着流し姿の高倉健に池部良が無言で傘をさしかける名場面は、「男たちの絆」の美学の極致だろう。

 『江湖』の監督、黄精甫はインディーズ出身でこれが初の商業映画となる。現在30歳の彼が60年代の東映やくざ映画を見たことがあるかどうかはわからない。あるいは、かなり意識していると思われる北野武の作品を通じて、日本のジャンル映画に脈々と流れる男たちの様式的美学が受け継がれたのかもしれない。

 健さんと香港映画とは因縁浅からぬものがある。前回のコラムでも触れたように、若き日のジョン・ウーが熱い思いで見た石井輝男監督の『ならず者』も高倉健主演で、香港ではとても人気があったという。いまこの映画を改めて見直してみると、新鮮な驚きに充ちている。低予算で早撮りという制約のため、街頭でゲリラ的に撮影しているのだが、手持ちカメラがとらえた60年代の香港やマカオの町並みのリアルさが、ドキュメンタリー映画を見ているような、生々しく斬新な感じを与える。今ではチムサーチョイのスターフェリー乗り場付近に時計塔しか残っていない九廣鉄道の駅舎や、迷宮のような九龍城の路地裏が出てくるだけで、ドラマの本筋とはまた別な興奮を覚える。

 もちろんストーリーも力強い。殺し屋の高倉健と暗黒街の中国人ボス丹波哲郎が、誤解がもとで、「モンテの砦」の高台で延々と殴りあいをする。その後に強い友情が芽生えた二人は、坂道の多いマカオの裏町で警官に追われ、高倉を逃がすために、丹波は自ら銃弾に倒れる。高倉は逃避行の途中で、日本人娼婦(南田洋子)に一晩かくまわれ、病に冒された彼女に、一緒に日本に帰ろうと約束する。

 しかしラストはあまりにも痛ましい。自分を罠にはめた組織のボスを仕留めたものの、自らも傷ついた彼は、刑事の杉浦直樹に抱きかかえられながら死に、後には二人分の飛行機の切符がむなしく残される。最後にカメラはゆっくりと上昇し、埠頭で高倉が現れるのをひとり待つ南田の姿と、健さんを載せたパトカーがその傍らを通り過ぎてゆくのを俯瞰で捉えて終わる。

 このすれ違いのラストは、ジョン・ウーの『狼・男たちの挽歌 最終章』にも形を変えて登場する。殺し屋のチョウ・ユンファは自分が誤って失明させてしまった歌手のサリー・イップのために、ひそかに自分が死んだら角膜を提供しようと思っているのだが、銃撃戦のさなか、ユンファの両眼は打ち抜かれてしまう。お互いに相手の姿が見えない二人は、地面を這いながらすれ違い、ユンファは刑事ダニー・リーの腕の中で息絶える。

 『ならず者』も『狼』も、死にゆく男たちを見送るのは女性ではなく、やはり男でなくてはならないのだ。南田洋子もサリー・イップも男たちの絆から、はじき出されてしまう。大相撲の土俵のように、この女たちの踏み込めない聖域は、東アジア映画の中でこれから先も守られていくのだろうか、それとも…?

(2004年5月10日)

text by イェン●プロフィール
映画史研究を専門とする。香港・台湾電影と中華ポップスを愛好。目下、アメリカで出版された香港映画研究書の翻訳に悪戦苦闘中。

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●筆者関連本情報:
『男たちの絆、アジア映画
 ホモソーシャルな欲望』
(四方田犬彦・斎藤綾子共編)
 4月刊行 平凡社/2525円

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