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asicro column

更新日:2007.2.5

電影つれづれ草
北京で話題のミュージカル『雪狼湖』を観る。

 今回のコラムは、電影ではなくステージの話題をお届けする。

 つい先頃、市民アンケート調査で、香港人から俳優として最も支持されたチョウ・ユンファと並んで、最も愛するシンガーに選ばれたジャッキー・チョン(張學友)主演のミュージカル『雪狼湖』北京語版を北京で観た。

 『雪狼湖』広東語版が香港で初演されたのは、香港が中国に返還される直前の1997年3月。香港コロシアムで42回、シンガポールで7回にわたって上演され、当時、中国人による初めての創作ミュージカルとして金字塔を打ち立てた。その後、サウンド・トラック盤は出たものの、ライブ・ステージは映像化されることがなかったために「伝説の舞台」として語り継がれた。それから待つこと7年後の2004年12月、ついに北京語版として装いも新たに再演されることになり、私は話題の舞台を観るべく、暖冬の東京から凍えるような北京を訪れたのであった。

 すさまじい勢いで、モダン都市に変貌していく北京の街並の中で、今回、まず目についたのは、公開されたばかりのチャウ・シンチー主演映画『カンフー・ハッスル』のポスターの洪水だった。『少林サッカー』は大陸ではついに正式上映されなかったので、満を持しての公開なのだろうが、それにしても予想以上の大宣伝と観客動員で「向うところ敵なし」の様子だ。

 クリスマス・イブに初日を迎えた『雪狼湖』の会場である首都体育館は、パンダで有名な北京動物園のすぐ近くにある。客席はほぼ満席で、定刻になり、観客の期待が最高潮に達すると、おもむろに幕があがった。

雪狼湖
 プロローグでは、ジャッキー演じる父親が幼い娘に、湖にまつわる言い伝えを聞かせている。「これはある伝説。おまえが信じさえするならば、見ることができる愛の伝説だよ。」こうして、いつまでも朽ちることのない、美しく悲哀に満ちた物語が語られる…。

 伝説の主人公たちは、裕福な寧家に新しく雇われた庭師の胡狼と、寧家の美しい二人の姉妹。口べたで人付き合いが苦手な胡狼(張學友)は、花の世話を生き甲斐とし、飼っている小猿だけが心の友である。

 ある舞踏会の夜、招待客が彼の丹精した花を勝手に摘み取ったことに怒りを抑えられないが、逆に手痛い目にあってしまう。この様子を見ていた姉妹は、ともに胡狼に深く心を動かされる。妹の静雪(湯燦)は快活で率直な気性で、進んで胡狼に近づいていく。二人はお互いの夢を語りあい、しだいに惹かれあうが、内気な姉の玉鳳(キット・チャン)は、同じく胡狼に好意を抱いているにも関わらず、遠くからそっと様子を見守るだけだ。

 一方、姉妹の母である寧夫人は、静雪に惚れている金持ちのぼんぼんである梁直に、妹娘を嫁がせようと目論んでいる。梁直は恋敵になった胡狼が世事に疎いのにつけ込み、身分違いの恋は静雪を不幸にするだけだと、言葉巧みに胡狼をそそのかす。やがてある事件がきっかけで、愛し合う二人は引き離されてしまう。さらに恋人たちを待ちうける過酷な運命。愛する人にめぐり合うために胡狼に残された方法とは…。

 筋立ては非常にシンプルだ。しかし、舞台は起伏に富んでいて、無駄がない。「愛是永恒」をはじめとする、ジャッキー・チョンのダイナミックな歌唱は最大の見所だろう。しかしそれだけではない。アンサンブルの素晴らしさも特筆したい。華やかな舞踏会の群舞、バルコニーで流星を見ながら、夢の実現に心ときめかせる胡狼と静雪のファンタジックな二重唱、バレンタイン・デーの宵、それぞれの思いを吐露する胡狼と梁直、そして静雪と玉鳳の劇的な四重唱、打算と金欲で手を結ぶ母親と梁直とのコミカルな二重唱は、ミュージカルの醍醐味を味わわせてくれる。

 冷たい牢獄での胡狼の反乱と絶望、そこに訪れる一筋の希望。胡狼の静雪に対する思いを知りつつ、いつまでもあなたを待つと歌う、玉鳳のけなげさと哀しさ。観客は歌や踊りを通して語られる主人公たちの歓喜やとまどい、後悔や絶望や疚しさなどの様々な情念に、自然と寄り添っていくことになる。

 ヒロインの静雪は常に赤をモチーフにしたドレスをまとっている。赤は彼女の情熱や胡狼との愛の絆を象徴する色だが、同時に彼女に襲いかかる運命をも示している。それに対して、内向的な姉の玉鳳が身につけているのは紫のドレス。高貴さを表すこの色は、彼女の示す忍耐と自己犠牲の尊さを象徴している。

 前回の広東語版ではサンディ・ラムが好演した静雪役。今回はなかなか配役が発表されず、様々な憶測をよんだが、最終的に湯燦が抜擢された。彼女は民歌歌手としてのキャリアを積んだ人だそうだが、ポピュラー音楽とは発声法からして異なるので、いろいろ不安材料もあったようだ。歌や踊りには、いくぶん硬さを感じたけれども、清楚で品のよい佇まいは静雪のイメージを裏切らないし、演技も悪くない。歌唱面も回をこなすほどよくなっているようだ。

 玉鳳役は、前回に引き続いてシンガポール出身のキット・チャン(陳潔儀)が起用された。安定感があり、情感溢れる堂々たる歌唱ぶりに、観客から熱狂的な歓呼を受けていた。

 そしてこのミュージカルの生みの親といっていい主演のジャッキー・チョンは、芸術監督も務めている。中華圏で「歌神」と称されるほどの歌唱力の持ち主だが、俳優としてもこれまで60本以上の出演作があり、『いますぐ抱きしめたい』(88年)や『スウォーズマン』(90年)で、香港電影金像奨や台湾金馬奨の助演男優賞を得た演技派でもある。

 彼が演じる内気で素朴で、周囲から心を閉ざしてきた胡狼は、愛に目覚めたことで、新たな世界に踏み出す。けれどもそこは、打算と暴力と苦しみに満ちていたことを知るという、寓意的な人生を歩むキャラクターである。純粋でナイーブな阿狼の造型は、彼が公演を重ねるたびに練り上げてきたものだ。

 創作ミュージカルが北京の観客に受け入れられるかどうかが注目された『雪狼湖』であったが、なかなかよい結果が出たようだ。今、香港では、映画界の不振や音楽業界の低迷状態から抜け出せないでいるのだが、この『雪狼湖』といい、映画『カンフー・ハッスル』の大ヒットといい、これからの彼らの活路は、やはり大陸で切り開かねばならないのだなという感慨に、しみじみ捕らわれた旅でもあった。

 『雪狼湖』は北京に続いて、杭州、広州公演でも好評を博した。このあと長沙、東莞、深[土川]と内地での公演が続き、4月には香港コロシアムでの公演が予定されている。その後も年末までワールド・ツアーが計画されているとのこと。それに日本が含まれるか否かは定かではないが、日本公演が実現したら、さらに完成度が高くなっているであろうことを期待して、また足を運ぼうと思う。

 最後に、今回の主役であるジャッキー・チョンの映画出演の話題が飛び込んで来たので、彼の映画作品について追記しておこう。ジャッキーは歌手業を優先する意向から、95年以降はしばらく映画から遠ざかっていたが、近年再び俳優活動を始め、アン・ホイ監督の文芸作品『男人四十』(02年)や、久々にアンディ・ラウと共演した『江湖』(04年)などが話題になった。

 その彼が、今度はピーター・チャン(陳可辛)監督の最新作『如果愛』に出演することが決まったらしい。しかもミュージカル作品とのこと。共演は金城武と『ハリウッド・ホンコン』の周迅。撮影はクリストファー・ドイルと、スタッフの陣容も豪華な大作になりそうだ。順調に撮影が進めば、夏頃には公開されるとのこと。こちらも大いに楽しみである。

(2005年1月22日)

text by イェン●プロフィール
大学で西洋の映画の講義などをするが、近頃では、東アジア映画(日本映画も含む)しか受け付けないような体質(?)になり、困っている。韓流にはハマっていない、と言いつつドラマ『大長今』(デチャングム)に熱中。中国ドラマ『射[周鳥]英雄傳』も毎回楽しみで、目下ドラマ漬けの日々。

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●筆者関連本情報:
『男たちの絆、アジア映画
 ホモソーシャルな欲望』
(四方田犬彦・斎藤綾子共編)
 4月刊行 平凡社/2525円

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