オムニバス映画の可能性
先月(4月)、香港で『恋愛地図』という日中合作の新作映画を見て、帰国後、仏・伊・米・中(ほか)による多国籍映画『愛の神、エロス』を見た。両者に共通するのは、出資やスタッフ・キャストが複数の国にまたがっているだけでなく、オムニバスという形式をとっていることである。
『恋愛地図』は香港での公開名だが、原題は『アバウト・ラブ/関於愛』で、東京、台北、上海の3都市を舞台に、陳柏霖、加瀬亮、塚本高史の三人がそれぞれ、留学先の女性(伊藤美咲、范曉萱、李小[王路])と知り合う。3つの話に直接のつながりはないが、言葉が不自由なために生じる、すれ違いや誤解、そして言葉では表現できない心の交流が共通テーマになっている。
アジアでの合作オムニバス映画製作の先鞭をつけたのは、『THREE/臨死』だろう。香港のピーター・チャンがプロデュースし、自らも香港篇を監督した。ホラーというジャンル以外の共通項はもたず、香港篇、韓国篇、タイ篇ともに、それぞれの文化的バックグラウンドを反映した恐怖を映像化している。この企画がアジア各国で成功したのを受け、続編にあたる『美しい夜、残酷な朝』が製作された。こちらは、香港のフルーツ・チャン、日本の三池崇史、韓国のパク・チャヌクという個性派監督の競演で、日本でも間もなく公開となる。
『愛の神、エロス』はウォン・カーウァイ、スティーブン・ソダーバーグ、ミケランジェロ・アントニオーニという、世代も国籍も異なる高名監督三人が、エロスの諸相を描くというテーマの下に結集した作品で、三者の共通点は90年代、80年代、60年代にそれぞれカンヌ映画祭で監督賞を受賞したということらしい。
映画広告がうたっている「映画史上、最高に贅沢な世紀のプロジェクト」というくだりで私が思い出すのは、錚々たる監督たちが一同に会した『世にも怪奇な物語』(67)だ。この時期のオムニバス作品はほかに、ヴィスコンティなどが参加したイタリア映画『ボッカチオ'70』があった。近年では、タランティーノらの『フォー・ルームス』(95)や、昨年公開の韓・中・日の監督による実験的なコラボレーションである『三人三色』などが記憶に新しい。
オムニバスとは、乗合馬車、乗合自動車を意味するomnibus というフランス語に由来し、ある共通テーマの下に、いくつかの独立した短編からなる映画のことを指すのが一般的だ。特に怪奇・ホラー映画のジャンルでは数多くの作品が作られている。
その中でも、1、2の知名度を持つ『世にも怪奇な物語』は、私が外国映画にのめり込み始めた頃に日本で公開されたので、個人的にも印象深いのかもしれない。今でも新聞に載った映画評の切り抜きがとってあるくらいだ。ロジェ・バディム、ルイ・マル、フェリーニという当時の気鋭監督たちが、ジェーン・フォンダ、アラン・ドロン、テレンス・スタンプという、これまた当時の人気スターを起用して、エドガ−・アラン・ポーの原作による、耽美でグロテスクな映像世界を満喫させてくれた。
このように、欧米で一時期流行したオムニバス形式が、装いもあらたにアジアで隆盛の兆しを見せているのはおもしろい。一本の作品に複数の監督や各国の人気スターの短編を盛りこむことで、製作費を広範に集めることができること、より広い市場を見込めることが、現代のボーダーレスな映画づくりに適合しているのはもちろんだ。
加えて、アジアの国々が、今すごい勢いで、共通のポピュラー・カルチャーを消費・享受していることからくる、都市文化の共時性も見逃せない。それぞれベースになる文化や言語は異なるが、確実に同じ時代の空気のなかで生きているという感覚は、特に若い世代において強く意識されているのだろう。このような感覚の共有が、同時進行している政治・経済上の摩擦や、互いのナショナリズムのぶつかり合いで、はかなくもかき消されてしまうのか、それともそのような軋轢を緩和するような働きを担ってくれるのか、注意深く見守っていきたい。
(2005年5月1日)
text by イェン●プロフィール
大学で西洋の映画の講義などをするが、近頃では、東アジア映画(日本映画も含む)しか受け付けないような体質(?)になり、困っている。韓流にはハマっていない、と言いつつドラマ『大長今』(チャングムの誓い)に熱中。中国ドラマ『射[周鳥]英雄傳』も毎回楽しみで、目下ドラマ漬けの日々。
|
|