スタンリー・クワンの『男生女相』再見
今年の7月、東京国際レズビアン&ゲイ映画祭において、スタンリー・クワン(關錦鵬)監督の著名なドキュメンタリー『男生女相』が上映された。実は6年前にも同映画祭でこの作品は上映されており、その折のインタビューで、監督自身がタイトルの意味を次のように語っている。
「男として生まれてきたけれども女性の要素(相)を持っている」という意味です。従ってその逆の『女生男相』という言い方もありえます。いわゆるジェンダーという問題を扱うときにこの表現を使うことで、「同性愛」よりも広い範囲を含むことができます」(2000年7月 第9回東京国際レズビアン&ゲイ映画祭来日時の監督インタビューより)
私は、あいにく今回の再映は見にいけなかったのだが、以前「シネフィル・イマジカ」で放送されたときの録画ビデオを、改めて見直してみた。
そもそも、このドキュメンタリーは、イギリス映画協会(BFI)が映画誕生100年を記念して、1996年に、12か国の映画監督にそれぞれの国や地域の映画史をパーソナルな視点から撮るように委嘱し、その中国映画編として製作されたもので、次の6つの章から構成されている。
第一章 父親的欠席(一)<父の不在>
第二章 陰柔與陽剛之容貌與肉身
<女らしさと男らしさ−容貌と肉体>
第三章 父親的無処不在 <いたるところにある父親像>
第四章 尋找父親、発現哥哥 <父を探し、兄に到る>
第五章 陰柔與陽剛之易装與変性
<女らしさと男らしさ−異性装とトランスセクシュアル>
第六章 父親的欠席(二)<父の不在>
この作品は、パーソナルな視点から再構成された「中国映画史」であるという性格上、きわめて個人的なこと、父を早くに失ったクワン監督自身の生い立ちを述べるところから始まり、母に対して、自分が同性愛者であることをどう思うかと語りかける場面で終わる。
それに挟まれるように、数々の武侠映画で、男たちの濃密な絆を繰り返し描いたチャン・ツェ(張徹)やその後継者と目されるジョン・ウー(呉宇森)のインタビューがあり、台湾や大陸の著名監督たち、ホウ・シャオシェン(侯孝賢)、エドワード・ヤン(楊徳昌)、アン・リー(李安)、ツァイ・ミンリャン(蔡明亮)、シェ・チン(謝普)、チェン・カイコー(陳凱歌)らが自らの父を語り、あるいは父としての自己を語る。
さらに、陳凱歌は原作を改編して『覇王別姫』に異性愛の要素を膨らませたこと、蝶衣の自害という結末にしたことを質問されるし、また『バタフライ・ラヴァーズ』(原題:梁祝)を撮ったツイ・ハーク(徐克)は、同性愛の物語であるべきものを異性愛の物語に改変した点を、インタビュアーである監督自身から追及される。ここで、關錦鵬は二人の著名監督の、無意識ともいえるホモフォビック(同性愛嫌悪的)な傾向をクロースアップして見せるのだ。
レスリー・チャン(張國榮)が、ブリジット・リン(林青霞)の男装に厳しい評価を下す場面は、今、見直しても非常に興味深い。中国文化において、女性の男装は容易に大衆に受け入れられるのに対し、男性の女装は偏見と疑いの目でみられるという「不公平さ」をレスリーは、悠揚迫らぬ物腰で雄弁に語る。カメラは斜めのアングルで、いくぶん女性的に体を傾けている彼の姿をとらえる。煙草を手に持ち、ときに嫣然とした表情を見せる彼は、あたかも、張國榮というキャラクターを演じているかのようだ。
最後の章では、監督の母がカメラの前に座る。1950年代の香港映画界で男役スターとして一世を風靡した女優、ヤム・キンファイ(任剣輝)の大ファンだったという彼女は、息子が「女性映画」の監督であるといわれるのをどう思うかと問われ、世間の評価など無責任なものだから、気にせず、やりたいことをやればよい、と言い、「長男なのに、同性愛者で残念だったか」と聞かれ、自分は全く気にしていないし、伝統偏重の時代は終わったのだと淡々と答える。
けれども、少し涙ぐんでいるようにも見える。そのような模範的答えは、彼女の本来の価値観とは異なっていたのかもしれない。しかし、中国社会を長い間支配していた道徳観と、息子の自由と意思を尊重したいという母としての思いが心の中で激しくぶつかりあい、その結果、母の愛が強く表に出た結果としての涙であったのだろうか、と思う。
●作品データ
『男生女相』Gender in Chinese Cinema
(1996/UK&Hong Kong/Video/80 min)
監督:關錦鵬 脚本:林奕華 撮影:クリストファー・ドイル
ナレーション:關錦鵬
(2006年7月29日)
text by イェン●プロフィール
大学で西洋の映画の講義などをするが、近頃では、東アジア映画(日本映画も含む)しか受け付けないような体質(?)になり、困っている。韓流にはハマっていない、と言いつつドラマ『大長今』(チャングムの誓い)に熱中。中国ドラマ『射[周鳥]英雄傳』も毎回楽しみで、目下ドラマ漬けの日々。
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